AI 整理 : Jimmy Akin :1896-1897,謎の飛行船 part-2
前置き
以下の過去記事、
Jimmy Akin :1896-1897,謎の飛行船事件の解説 part-2
で取り上げた情報源を AI 整理した。part-1 の要約も AI に情報源として入力しているので、part-1, part-2 を統合した内容に近い筈。
情報源 : 動画(1:56:47)
Secret Origin of the Mystery Airships! (Phantom Airships, UFO, 1897) - Jimmy Akin's Mysterious World
www.youtube.com/watch?v=Mq0pmfgeAt4
動画概要欄
9,100 views 2023/10/14 Jimmy Akin's Mysterious World
In 1896 and 1897, Mystery Airships were reported from California to the Mississippi, which some believed were alien ships. Jimmy Akin and Dom Bettinelli eliminated many theories about the airships, and now address the final mystery: what were the airships, who made them, and was the government involved?
AI 整理
1890年代の謎の飛行船: 実態と論争
この資料は、1896年末から1897年にかけてアメリカで多数報告された「謎の飛行船」現象について包括的にまとめています。ライト兄弟の初飛行以前に目撃されたこれらの物体は、既存の気球とは異なる特性を持ち、葉巻型で探照灯を備え、人間が操縦しているように見えたとされます。
報告は大きく二つの期間に分けられ、西海岸から始まり中部へと移動していきました。この現象については、誤認説やデマ説など様々な説明が試みられましたが、多くの報告には実在する信頼できる個人が関与しており、単純な誤解や捏造では説明できない複雑な側面があることが強調されています。現代のUFOコミュニティでは地球外生命体の証拠として扱われることもありますが、資料は乗組員が「普通の人間」であった可能性が高いことを示唆しています。
1890年代の謎の飛行船:詳細ブリーフィング資料
本ブリーフィング資料は、1890年代に目撃された「謎の飛行船」に関する主要なテーマ、重要なアイデア、および事実を、提供された情報源から引用を含めてまとめたものです。
- 謎の飛行船現象の概要
1896年末から1897年にかけて、アメリカ合衆国で「謎の飛行船」の目撃報告が相次ぎました。これはライト兄弟の初動力飛行(1903年)以前の出来事であり、当時の気球とは異なる「珍しい飛行特性」を示していた」とされます(0:00:29)。この現象は「UFOコミュニティ」において、1947年のケネス・アーノルド事件以前の地球外生命体との接触の証拠として取り上げられることがありますが、一方で「巨大なデマ」であったという説もあります(0:01:04)。
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情報量: 新聞記事を中心に「膨大な情報」が存在し、1896年には「airship」という単語が29,000回、1897年には24,000回出現するなど、その使用頻度が急増しました(0:02:56)。
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フェーズ: 現象は大きく2つのフェーズに分かれます。
- フェーズ1: 1896年11月中旬から12月中旬にかけて、カリフォルニア州サクラメント、サンフランシスコ、サンディエゴ、シアトルなどの西海岸で目撃されました(0:04:59)。約1ヶ月で報告は途絶えました。
- フェーズ2: 1897年2月から5月にかけて、ネブラスカ州ヘイスティングスを皮切りに、テキサス州からダコタ州にかけての中央部で発生しました。報告は時間とともに東へと移動していったかのようでした(0:05:26)。
- 目撃された飛行船の特徴
目撃報告は多様でしたが、共通する特徴がいくつかありました。
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形状と構造: 「葉巻型」の大きな黒い塊の下に「下部構造」があり、そこに「強力な探照灯」が取り付けられていると描写されました(0:08:42)。また、「巨大なプロペラ」や「大きな方向舵」を持つもの、中には「水車のよう」なもの、人間が「自転車のペダルを必死に漕いでいる」ように見えるものもあったとされます(0:07:53)。
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光: 「強力な探照灯のように道を照らす、きらめく白い光」が特徴でした(0:08:20)。ある目撃者は「強い電力のアークライト」と表現しました(0:08:33)。
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乗員: 船内で乗組員が作業している様子が報告されることもありました(0:09:07)。
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認識: 多くの目撃者は、これを当時の一般的な解釈である「人間が発明した新しい種類の飛行船」、つまり「直接操縦可能な気球(飛行船)」だと理解していました(0:09:07)。
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夜間飛行: 飛行船は主に夜間に活動していたとされ、これは「大量の水素を迅速に排出することによる危険の軽減」「水素生成のコストと時間削減」「夜間のより安定した気流」など複数の理由で理にかなっていた可能性があります(0:09:08)。
- 目撃報告の具体例と信頼性
いくつかの詳細な目撃報告が紹介されており、その信頼性が強調されています。
プレインビュー・ニュース(ネブラスカ州、1897年2月26日) : カーニーの空に現れた「謎の光」について報じ、その変化する様子を「きわめて率直で冷静な記述」として評価しています(0:10:05)。
ダラス・モーニング・ニュース(テキサス州、1897年4月17日) : 弁護士J.スペンス・バウンズのヒ ルズボロ近郊での目撃談。彼は「時速100マイル以上」で移動する「葉巻のような形」の物体を報告し、彼の証言には実在する信頼できる人物の名前が挙げられています。これは「非常に信頼できる話」と結論付けられています(0:11:19, 0:14:39, 0:16:12, 0:17:34)。
サザン・スタンダード(アーカンソー州、1897年5月6日) : ジョン・J・サムター巡査とジョン・マクレモア副保安官が、ホットスプリングス近郊で飛行船と乗員3人(「長い黒い髭を生やした男」と「若い男、女」)と遭遇した宣誓供述書です(0:30:43, 0:31:12)。髭の男は、飛行船がナッシュビルに向かっていると述べました。サムター巡査とC.G.ブッシュ治安判事が実在することが確認され、宣誓供述書は「合法的な証言」として扱われ、「信頼性が高い」とされています(0:36:17, 0:37:11)。
- 複数の飛行船の可能性
多くの目撃報告は、単一の飛行船ではなく複数の飛行船が存在したことを示唆しています。
同時多発的な目撃 : フェーズ2では、テキサス、ワシントン、ミシガンなど広範囲で同時に目撃報告がありました(0:12:33)。
異なる特徴 : 飛行船の長さ(50~200フィート)や乗組員の構成(男性1人、複数名、男女含む)が報告によって異なりました(0:13:13, 0:13:38)。
乗組員の証言 : 一部の乗組員は、複数の飛行船が存在すると述べています。例えば、アルバート・ラブ判事と話した乗組員は、アメリカ国内をツアー中の飛行船が10機あると主張しました(0:13:38)。弁護士ジョージ・D・コリンズは、飛行船の創始者が複数おり、1人の創始者がすでに2機を所有し、3機目を建造中であると述べました(0:15:16)。これらの証拠に基づき、マイケル・バズビーは合計5機の飛行船があったと推測しています(0:15:58)。
- 飛行船関連人物の特定と信頼性
報告された飛行船の乗組員や関係者の実在性が調査されています。
ウィルソン氏 : テキサス州ユバルデおよびイーグルパスでの目撃で、飛行船の「航海士」が「ウィルソン氏」というニューヨーク出身の人物であることが示唆されました。彼は「飛行術の問題を解決した」と主張し、かつてフォートワースで「空中航法」に取り組んでいたことが知られています(0:18:02, 0:21:05, 0:26:38, 0:27:30)。
S.E.ティルマンとA.E.ドールベア : テキサス州スティーブンビルでの着陸報告で、目撃者R.L.マッケルハニーは、乗組員がS.E.ティルマンとA.E.ドールベアであると報告しました。この報告は、大佐、鉄道重役、新聞記者、裁判官、上院議員、医師、市長、弁護士など、多数の著名な市民が証人として挙げられている点で非常に信頼性が高いとされています(0:29:19, 0:32:07)。
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サミュエル・E・ティルマン教授(S.E. Tillman): ウェストポイント陸軍士官学校の化学、鉱物学、地質学の教授で、後に校長を務め、退役時には准将に昇進しました。彼は軍人でした(1:15:26, 1:16:03)。
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エイモス・E・ドールベア教授(A.E. Dallbear): タフツ大学の自然科学教授で、化学、物理学、天文学を教えていました。彼は「ドールベアの法則」(コオロギの鳴き声から気温を推定する)で有名であり、電気ジャイロスコープ、音から電気への変換研究、無線電信の特許など、多くの発明を 手掛けていました。彼は特に電気とバッテリーに強い関心を持っていました(1:16:19, 1:16:36, 1:17:08, 1:17:46, 1:18:18)。飛行船が「電気モーターと蓄電池」で動いているという報告と一致します(1:18:49)。
ジョン・シェルビー・ウィリアムズ・ジュニア元帥 : テキサス州パリス近郊の牧場主で、飛行船が日中の隠れ場所として利用された可能性が指摘されています。彼はU.S.マーシャルであり、飛行船の開発者と交流があった可能性があります(0:38:07, 0:39:58)。
アーサー・バーナード教授 : ナッシュビルのYMCAの体育指導員で、1897年5月7日にテネシー州センテニアル博覧会で自作の飛行船の展示を行いました。彼の飛行船は「46フィート」と小さく、他の飛行船との直接的な関連は薄いものの、当時の多くの発明家がこの問題に取り組んでいたことを示しています(0:43:44)。
E.H.ベンジャミン博士 : サンフランシスコの弁護士ジョージ・D・コリンズの顧客であり、飛行船の発明者であると目されました。コリンズの提供した情報に基づき、記者たちはサンフランシスコのエリス通りに住むE.H.ベンジャミン博士を特定しました(1:04:25, 1:11:01, 1:11:27, 1:11:59)。
- ベンジャミンは歯科医であり、金属(アルミニウムや銅)を使った実験を行っていたとされます(1:12:22)。
- 当初、ベンジャミンは飛行船との関連を否定しましたが、「もし自分が発明者であれば、身元を隠すために嘘をつくことは正当化される」とも述べました(1:28:12)。
- その後、ベンジャミンは新聞社に対し「仮面を脱ぎたい」と述べ、自身が飛行船の発明者であり、7年間開発 に費やしてきたことを認めました(1:32:06)。彼はジョージ・コリンズを解雇し、元司法長官W.H.H.ハートを新しい弁護士に雇いました(1:32:26)。
- 飛行船に関する主要な理論と反論 現象を説明する様々な理論が提示され、その信憑性が検討されています。
誤認・デマ説に対する反論:
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誤認説(流星、彗星など): 流星や火の玉は数秒しか見えず、彗星や金星は数ヶ月見えるため、数分から1時間観測された飛行船の説明にはなりません。当時の人々はこれらの天体をよく知っており、簡単に騙されることはなかったと考えられます(0:44:04)。「一般論として」これらの説は機能しないとされています(0:47:04)。
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大衆ヒステリー/人気妄想説: 多くの報告を説明する単一の理由はなく、一部は誤認やデマでも、「核心的な報告」が残る可能性があると示唆されています(0:47:30)。
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デマ説(鉄道作業員、新聞記者):
- 鉄道作業員: 現象はカリフォルニアの都市で始まり、鉄道沿線での目撃が多いのは、飛行船の操縦者が線路を航行の目安にしたためという合理的な説明が可能です。また、広範囲にわたるデマの調整は不可能に近いとされます(0:49:07)。
- 新聞記者: 当時の新聞は「事実として」飛行船の記事を掲載しており、ジャーナリズムの専門家によると、通常はデマであることを明示するか、読者が文脈から理解できるように していました。虚偽の情報掲載は新聞の信頼性を損ない、「プロとしての自殺」に等しい行為であり、可能性は低いと結論付けられています(0:39:24, 0:56:17, 0:58:44)。
人々は実際に何らかの飛行船を見ていたという説
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地球外/異次元起源説: 現代のUFOコミュニティで人気のある説ですが、形状(葉巻型)は当時の飛行船にも見られる空力的に効率的な形状であり、報告された飛行速度(100~200マイル/時)も現代の飛行機やUFOと比べれば「印象的ではない」です。急な旋回などUFO特有の機動はほとんど報告されていません。乗員の異常性も、当時のアメリカが移民国家であったことを考慮すれば不思議ではありません(1:04:46)。
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地球内隠された文明(クリプト・テレストリアル)起源説: 北極の「ノースポールランド」に住む人々が飛行船を操縦していたというラブ判事の証言が根拠となりますが、現在の地理学と矛盾し、「単なる話」と評価されています(1:11:49, 1:19:00)。ただし、ラブ判事の実在が確認されたため、乗員が「真の起源を隠すための虚偽の物語」を語った可能性も指摘されています(1:20:15)。
- 秘密の政府プロジェクトの可能性
飛行船が秘密の政府プロジェクトの一部であった可能性も検討されています。
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軍事 利用の意図: W.H.H.ハート(E.H.ベンジャミンの新しい弁護士)は、2つの飛行船の発明があり、それらを統合する計画があり、完全に「戦争目的」のために使用されると述べました。「4人の男と1000ポンドのダイナマイトを運搬できる」とされ、キューバのハバナを破壊する計画があったことが示唆されています(1:33:10, 1:34:27)。
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ティルマン教授の関与: ウェストポイントの科学者であるサミュエル・E・ティルマン教授(現役の軍人)が関与していたことは、軍事プロジェクトであった可能性を示唆します(1:37:34)。
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実験的飛行機械の輸送: 1897年4月27日の報告では、キューバに武器を運ぶ船団に「ダイナマイトの使用に適した実験的な飛行機械」が含まれていたとされています(1:38:07)。
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反論: W.H.H.ハートは、発明者の身元を明かさない理由として、「試運転中にフィリバスターとして逮捕されたくない」と述べており、これは政府の関与なしに違法な活動を計画していた可能性を示唆します(1:38:38)。また、彼らは商業的な動機も強く、6ヶ月で500万ドル(現在の1億8000万ドル)を稼ぐと期待していました(1:39:03)。ただし、これらすべてが「隠蔽工作」の一部である可能性も否定できません(1:39:34)。
- 現象の終焉の理由
1896年と1897年の飛行船騒動がなぜ終焉を迎えたのかについては、いくつかの推測がなされています。
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公開計画の不履行: 発明者たちは飛行船を一般に公開する計画があったにもかかわらず、それが実現しませんでした。これは「裕福な資金援助者」を引き付けるか、「キューバでスペイン軍を爆撃するための 費用」を支払うことを期待していた可能性があります(1:40:31)。
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鉄道王による買収説: 飛行船が鉄道事業を脅かすと認識した鉄道王たちが、発明者たちを買い取り、設計を秘密にするよう説得したという説があります。しかし、この説は「完全に憶測」であり、証拠はありません(1:41:08)。
- 予備的結論
1890年代の謎の飛行船現象は「魅力的」であり、その説明には「複数の原因」が考えられます(1:26:08)。しかし、誤認やデマといった「一般的な説明」では、現象の全体を説明することはできません(1:26:08)。多くの報告に「実在する、名前が特定できる個人」が関わっているという事実は、新聞のデマ説を否定します(1:01:48)。目撃された飛行船の乗組員が「普通の人間」であったという「確かな証拠」があるようです(1:25:37)。
このブリーフィング資料は、1890年代の謎の飛行船現象が単純な誤認やデマでは片付けられない、より複雑な現実を示唆していることを強調しています。特に、信頼できるとされる証言が多数存在し、その一部は宣誓供述という法的証拠にまで高められている点は重要です。「地球上の人間によって建造された」という証拠は支持されているものの、誰が建造したのかは未だ謎のままです(0:02:11)。
1890年代の謎の飛行船現象:詳細タイムライン
1847年
- サミュエル・E・ティルマンの誕生:後にウェストポイント陸軍士官学校の教授となるティルマンがテネシー州で生まれる。(1:15:58)
1848年
- ジョン・シェルビー・ウィリアムズ・ジュニアの誕生:後にアメリカ合衆国連邦保安官となるウィリアムズがカリフォルニア州ソノマ郡で生まれる。(0:39:40)
1860-1863年
- モーゼス・ファーマーがアルミニウム合金を開発:電気・電池分野の研究者であるファーマーが、銅や他の金属とのアルミニウム合金を開発。(1:19:35)
1864-1868年
- モーゼス・ファーマーが熱電電池を完成:ファーマーが熱電電池を完成させ、1868年には当時最大規模の電池を建造。(1:19:28)
1867年
- アモス・E・ドルベアーが電動ジャイロスコープを発明:ドルベアーが地球の自転を示すための電動ジャイロスコープを完成。(1:17:34)
1868年
- モーゼス・ファーマーが初のダイナモマシンを建造:ドルベアー教授によれば、この発明が今日のあらゆる電気産業を可能にした。(1:19:53)
1869年
- サミュエル・E・ティルマンがウェストポイントを卒業:ウェストポイント陸軍士官学校を卒業。(1:16:03)
1870年代
- ウィルソンとハイラムがテキサス州に移住:ウィルソンとその息子ハイラムがニューヨークからカリフォルニアを経由してテキサス州に移り住む。(1:22:50)
1872年
- アモス・E・ドルベアーがリサージュ曲線の音叉を発明:リサージュ曲線を示すための音叉を完成。(1:17:39)