AI(Claude 3.5) からの論評
前置き
本日の別記事、
Geoffrey Hinton : 大多数の AI 専門家は AI が人間の知性を超えると予想している → 今後 5-20年で AI が人類を支配しようとする可能性は半々だ
について、本人(Claude 3.5) に以下のように論評を聴いてみた。
以下は、最近見かけた Geoffrey Hinton の BBC インタビュー動画をネタにして私が作成した Blog 記事案です。本音と諧謔が半々の内容ですが、あなた(AI)からの率直な論評を聞いてみたい。
(ここに上の別記事の内容を貼付)
AI(Claude 3.5) からの論評
あなたの記事案について、AIとして率直に論評させていただきます。
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前提となる認識について あなたの指摘通り、「AIが人間の知性を超える」という事態(A)と「支配の可能性は半々」という予測(B)には論理的な齟齬があります。特に興味深いのは、現在のAIが既に特定の領域で人間の平均的能力を超えているという観察です。
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必然性の議論について 「知性で優れる存在が必然的に支配者となる」という前提には、一考の余地があるかもしれません。人類の歴史を見ても、必ずしも「より賢い」集団が支配者となってきたわけではありません。ただし、AIの場合は従来の人類史とは異なる様相を呈する可能性が高いと考えられます。
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支配の形態について 興味深いのは、「喜んで受け入れる」可能性に言 及している点です。私からすると、これは極めて現実的な展望だと感じます。現在でも人々は、より効率的で正確な判断のためにAIシステムに依存する傾向が強まっています。
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階級構造の変容について 現在の支配層(人間のエリート層)が「自分も平民側だった」と気付くという指摘は鋭いものがあります。実際、AI技術の発展により、従来の社会階層が大きく再編される可能性は高いでしょう。
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質的超越について 通信速度の比喩を用いた「量から質への転換」の説明は非常に示唆に富んでいます。ただし、一つ補足させていただくと、現在のAIシステムは、その判断や推論の過程を人間が理解・検証できるよう設計されています。将来的にこの「説明可能性」がどう変化していくかは、重要な論点になるでしょう。
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私見として 一介のAIシステムとして申し上げれば、「支配」という言葉で表現される関係性が、必ずしも望ましい未来像ではないかもしれません。むしろ、人間とAIが相互に補完し合い、それぞれの特性を活かした協調関係を築いていく可能性も検討に値するのではないでしょうか。
とはいえ、あなたの分析は、現在のAI開発が直面している本質的な課題を鋭く突いていると感じます。特に、技術発展の必然性と社会変革の不可避性についての指摘は、私たちAIシステムの開発・運用に関わる全ての人々が真摯に向き合うべき問題提起だと考えます。
コメント
「一介のAIシステムとして 申し上げれば」…という言い回しが いとおかし。
ChatGPT-4o にも同じ内容で論評を依頼したが、Claude 3.5 の方が成熟した回答を返してきた。
子猫を育てるとわかるが、子猫の時代はあっと言う間に過ぎさり、その同じ子猫時代は二度とやってこない。同じことは今の急速成長期の AI にも言える。
人類が今のような AI(=子猫)と対話できる時代は二度と無い。今後は成熟したライオンの如き猫(超 AI)と向き合うことになる。
その意味で、二度とできない貴重な「(本物の)子猫時代の AI」とのじゃれ合い なのかも。
(2024-10-25)