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Jimmy Akin :1896-1897,謎の飛行船事件の解説 part-1

· 約205分

前置き

Jimmy Akin が「1896-1987,謎の飛行船」事件について

  • 信憑性の高い具体事例の詳細
  • 様々な捏造説に対する論駁
  • 目撃証言の裏付け調査結果
  • 飛行船の発着地点の特定
  • 飛行船の奇妙な挙動の解明
  • 飛行船の正体

などを二部構成で解説しているが、下の動画がその part-1 に相当。

この事件については、これまで多数の解説を見聞きしてきたが、Jimmy Akin のこの二部構成の解説動画が最良。これらの飛行船の謎の中核部分はこの解説動画でかなり解明されたと思える。Jimmy Akin は彼独自の調査とは別に、以下の書籍を情報源にしている。

  1. Michael Busby, "Solving the 1897 AIRSHIP MYSTERY"
  2. J. ALLAN DANELEK, "The Great AIRSHIP OF 1897"
  3. Carlos Allende, "CLOSE ENCOUNTERS OF THE PHANTOM KIND: The Ghost Airship Wave of 1896-1897 in The News"

本記事では 文字起こし+和訳 を付けておく。この動画から幾つか主要テーマ毎に個別記事で取り上げる。

なお、part-2(完結編)は

Jimmy Akin :1896-1897,謎の飛行船事件の解説 part-2

が該当する。

動画(1:32:11)

Airship Mystery of 1896 and 1897 (Mystery Airships, UFOs) - Jimmy Akin's Mysterious World

www.youtube.com/watch?v=DoJUsaTknNw

動画概要欄

12,100 views 2023/10/07 Jimmy Akin's Mysterious World

In the late 1890s, there was a wave of sightings over the US of mysterious airships displaying unusual flight characteristics. Jimmy Akin and Dom Bettinelli discuss these unusual airships and the theories that they were aliens, hoaxes, or maybe something else.

FasterWhisper AI(large-v2 model) + DeepL(2024-07 model)

▼和訳 展開

ジミー・エイキンのミステリアス・ワールド」はスタークエスト・プロダクション・ネットワークがお届けするポッドキャストです。 ポッドキャストを支援したい方は、sqpn.com slash giveをご覧ください。 ジミー・エイキンのミステリアス・ワールド」エピソード279をお聞きの皆さんは、信仰と理性という2つの視点からミステリーを考察する、ジミー・エイキンのミステリアス・ワールドをお聞きのことでしょう。 今回は、1890年代の謎の飛行船についてです。私はドム・ベッティネリ、今日はジミー・エイキンです。やあ、ジミー。やあ、ドム。1896年の年末、カリフォルニアの住民は空に現れた未知の飛行船を見て驚いた。 (0:00:46)

これはライト兄弟が1903年に初の動力飛行を行う前のことで、気球は何年も前から使われていたが、この新しい飛行船は当時の他の飛行船を凌ぐ珍しい飛行特性を示していた。 近年では、1890年代の飛行船の波は、地球外生命体とのコンタクトを告げる初期のUFO目撃情報であったとする説が多い。 しかし、すべてが巨大なデマだったという人もいる。 (0:01:13)

では、1890年代の飛行船の謎の真相は? それはエイリアンだったのか? デマだったのか? それとも他の何かだったのか? この「ジミー・エイキンのミステリアス・ワールド」のエピソードでは、それについてお話しします。ジミー、何を話せばいいんだ? 今日のエピソードは2部構成の前編です。今日は1890年代の飛行船の謎の起源について話し、その解決に向けて良い方向に進むことにしましょう。 (0:01:40)

飛行船に関する多くの説を見ていきますが、その報告の一般的な説明として、ほとんどの説を排除することができるでしょう。 しかし全てではない。 そこで来週は、謎の始まりに立ち戻り、最も初期の報告を見て、完全に解決できるかどうかを見てみよう。 なぜこのミステリーをやろうと思ったのですか? 毎回のように、このミステリーが魅力的だと思うからです。また、1947年に現代のUFO現象が始まるきっかけとなった有名なケネス・アーノルドの目撃事件以前から、UFOコミュニティでは地球外生命体とのコンタクトの証拠とみなされてきたからです。ケネス・アーノルドの目撃談については、第46話まで遡ることができます。 (0:02:29)

そして、1890年代の謎の飛行船が地球外生命体とのコンタクトの良い証拠になるかどうかを見ていきます。 たとえ謎の飛行船が地球外生命体でなかったとしても、謎の飛行船の話はそれ自体が魅力的である。 飛行船は何だったのか? 誰が作ったのか? そしてなぜ目撃情報は突然途絶えてしまったのか? では、始めよう。 我々はどれだけの情報を持っているのか? (0:02:56)

実はたくさんの情報がある。 newspapers.comで検索したところ、1896年と1897年に飛行船という単語が29,000件も出てきました。 そのほとんどすべてが1897年のもので、24,000件もあった。 これは、他の10年間におけるこの用語の使用を凌駕している。 (0:03:19)


1890年代の新聞における飛行船という言葉の使われ方のグラフを見ると、1897年に大きなスパイクがあり、他の年にはほとんど使われていないことがわかる。 なぜなら、飛行船という単語は同じ記事の中で何度も登場するからだ。 しかし、ミステリー飛行船の研究者が、1896年と1897年に飛行船について報じた記事を1,200本以上、あるいは1,500本以上見つけたと述べているのを見たことがある。しかし、彼らの調査は、Newspapers.comや他のオンライン情報源が今日のように多くの新聞をデジタル化する前の数年前に行われたものだ。 (0:04:05)

だから、1,200から1,500という数字は少ないのではないだろうか。 しかし、これは当時の大きなニュースだった。 飛行船の話はどのように展開したのですか? 1896年11月から1897年5月までの7ヵ月間、2つの段階に分かれて起こった。 第1段階はカリフォルニアで始まり、どの記事を数えるかによるが、約4週間から7週間続いた。 最初の目撃情報は1896年11月17日火曜日に州都サクラメントで報告された。それから5日後の11月22日、飛行船は再びサクラメントとその近くのサンフランシスコ上空に現れた。やがて、南のサンディエゴから北のワシントン州シアトルまで、西海岸のあちこちで飛行船の目撃が報告されるようになった。そして突然、目撃情報は途絶えた。 (0:04:59)

飛行船の目撃情報が出始めてからちょうど1ヶ月後の12月中旬になると、目撃情報は途絶えた。そして、1月には何もなかった。飛行船シーンは基本的に暗転していた。 しかし、第2段階が始まると、再び息を吹き返した。 1897年2月2日火曜日、ネブラスカ州ヘイスティングスで飛行船が目撃された。 (0:05:26)

今度は、2月から5月まで続く、新しい、そしてはるかに長い飛行船目撃のシリーズが起こった。第1段階での目撃とは異なり、西海岸を拠点としていなかった。その代わり、南はテキサス州、北はダコタ州まで、全米の真ん中で目撃されている。そして、飛行船が東海岸に向かってジグザグに進んでいるかのように、時間の経過とともに報告は東へと移っていった。しかし、5月上旬には、わずか3ヶ月の期間の後、その報告は再び途絶えた。 (0:05:59)

そして夏の終わりには、謎の飛行船は間違いなく終わっていた。 あなたは今、フラップという言葉を使いました。 この文脈ではどういう意味ですか? UFOの文献からの引用です。 UFO学では、フラップとはUFOが頻繁に目撃される期間のことで、しばしば同じ地域で目撃されますが、常に通常目撃されるよりも頻繁に目撃されます。 UFOフラップはUFOウェーブとも呼ばれ、謎の飛行船は定義上未確認飛行物体であったので、ここで使うには適切な言葉である。 (0:06:33)

というわけで、飛行船目撃の短いフラップか波が2回あったようだ。 (0:06:38)


最初のものは1896年の11月中旬から12月中旬にかけて西海岸で、2つ目は1897年の2月から5月上旬にかけて中部で起こった。謎の飛行船を目撃した人々は何を見たというのだろうか? それはさまざまだった。 人々はいつも同じような説明をするわけではなかった。 それはある程度予想されたことで、人は物事の異なる細部に気づき、記憶し、物事を異なるように捉えるからだ。 (0:07:06)

だから、ある程度のばらつきは予想されることだ。 また、これから聞くように、飛行船の報告の一部はデマであった可能性が高いので、実際の認識に基づいていないデマは、さらにかなりのばらつきがあると予想される。 しかし、ほとんどの人が見たと報告しているようなものをまとめるとこうなる。 アラン・ダニレックの著書『The Great Airship of 1897(1897年の偉大なる飛行船)』には、飛行船が初めてサクラメント上空に現れたときに人々が報告したことが書かれている。飛行船が現れたときたまたま外にいて、それを間近で見ることができた何人かは、飛行船は強烈に明るい光で、何か大きな暗い塊のすぐ下に浮かんでいるようだったと述べている。 (0:07:53)

ほとんどの人がこの形は葉巻のようだと言い、何人かは特大のプロペラがあり、その足回りには巨大な舵がついていたと報告している。 ある人は、フルトンのグレート・リバー・ボートのように側面にパドルの車輪があったと主張し、また別の人は、頭上を通過するときに人間の乗員が自転車のペダルを熱っぽくこいでいるのを見たと述べた。 (0:08:20)

しかし、その船についてしばしば幻想的な描写がなされたにもかかわらず、誰もが一つのことについては同意することができた。それは、冷たく湿った空気を切り裂き、強力なサーチライトのようにその進路を照らす、燦然と輝く白い光であった。街の上空をゆっくりと進む船を小さな望遠鏡で見たという目撃者の一人は、強烈なパワーを持つ電気アーク灯であったと主張した。つまり、飛行船の基本的な説明は、上部に大きな葉巻のような塊があり、その下に何らかの足回りがあり、足回りに強力なサーチライトが取り付けられているというものだった。また、プロペラと舵があり、船内で働く乗組員を見ることができたという証言もある。 (0:09:07)

これは、ヒンデンブルグ号の事故に関するエピソード189で取り上げたような、ディリigible(飛行可能な気球)によく似ている。そう、そして今日一般的な地球外生命体仮説に反して、ほとんどの目撃者はこの飛行船をまさにそうだと理解していた。 (0:09:31)

さて、先ほどの例は現代の著者による要約であるが、実際の飛行船報告がどのようなものであったかを知ってもらうために、いくつかの例を見てみよう。今日は第一段階よりも第二段階の報告に焦点を当てる。最初の例は、ネブラスカ州プレーンビューの『プレーンビュー・ニュース』に掲載された記事である。1897年2月26日金曜日に掲載された。飛行船だ。 (0:10:05)

この1週間、ネブラスカ州カーニーでは3、4日前から、多かれ少なかれ憶測と関心が集まっていた。夕方7時から10時の間、西のほうで不思議な光が見えた。それは西に現れ、小さなかすかな光から大きな明るい光に成長し、また小さくなるようだ。 (0:10:21)

1時間ほど静止したかと思うと、うねるような動きを見せ、北の方へと消えていったことが2度ほどある。飛行船だと考える人もいれば、迷信深い人は悲惨な災害の前兆だと考える。この光は、その都市の信頼できる責任ある人々によって目撃されている。 (0:10:38)


満足のいく説明があれば、多くの人が喜んで受け取るだろう。以上だ。ごく簡単な説明だ。三、四日の夕方、ネブラスカ州カーニーの西の空に光が現れた。それが移動するにつれて大きくなり、また小さくなった。 (0:11:03)

2度ほど、それは1時間ほど静止していた。その後、再び動き始める前に上下にうねり、北へ去って行った。いろいろな人がそれを見た。 ある者は飛行船だと思い、ある者は災害の前兆だと考えた。これは非常にわかりやすい冷静な説明である。 (0:11:19)

奇想天外な詳細が長々と書かれているわけでもなく、デマとも思えない。次に2つ目の例を紹介しよう。これは私の最初の故郷であるテキサス州のもので、4月17日土曜日のダラス・モーニング・ニュースに掲載された。ヒルズボロー近くで目撃された飛行船の飛行。ある弁護士がよく見て、生々しく描写している。テキサス州ヒル郡ヒルズボロ、4月16日。昨夕4月15日、この街のJ.スペンス・バウンズ弁護士は、重病で回復の見込みのない古い入植者ウィリアム・H.ガシングスの遺書を書くために、オセオラ近くの南西部に呼び出された。 (0:11:56)

バウンズ氏が現地に着いたのは夕暮れ時で、遺言は複雑で長かったため、彼がそれを終えて家路についたのは9時近くになっていた。バウンズ氏が家路に着くまでの間に起こったことは、第18司法管区のJ.M.ホール判事とミズーリ・カンザス・テキサス鉄道の弁護士であるW.E.スペル氏の立ち会いの下で、バウンズ氏自身の言葉で報道記者に語ったのが最も適切である。バウンズさん、昨夜目撃したちょっとしたことをお話したいと思います。 (0:12:25)

、私は遺言状を書くためにビリー・ガシングス叔父さんのところへ行き、その老人と彼の有益な経歴、そして間違いなく彼を待っているであろう報奨金とその後の善良な人々のことを思いながら家路へと車を走らせていたのだが、私のバギーの真上を通過した電気サーチライトの輝かしい閃光に驚いた。私の周りの空間が昼のように明るくなったからだ。 (0:12:53)

私の馬も怯え、バギーをひっくり返しそうになった。馬は唸り、唸り、木の葉のように震えながら狂ったように突進した。私の髪の毛は逆立ち、馬に注意を払うどころではなかった。幸いなことに、光はほんの一瞬私たちを照らしただけで、野原や田園地帯の上を滑るように進み、突然天を仰いだ。 (0:13:09)

それからそれを目で追っていると、私の頭上約1,000フィートのところに、巨大な黒い怪物がいて、そこから光が発せられているのが見えた。それは葉巻のような形をしていたが、その下には船の胴体のようなものがあるように見えた。 (0:13:30)

探照灯は現在消されており、白熱灯がいくつも、船体か何であれ、その胴体の下端を囲むように点滅していた。私が最初に見たとき、それは非常にゆっくりと南方向に進んでいた。光はすぐに完全に消え、空中を小さな黒い雲のように滑空していった。さらに何マイルか南下すると、サーチライトが再び現れ、アキラ・クリークの材木に沿って進み、アキラの町から3マイルほど離れた丘の上に止まった。その船は丘に向かって舵をとり、丘に近づくとすべての灯火は再び消え、船は私の視界から消えた。 (0:14:06)

丘の上で止まったに違いないと思う。私は、これほど私を徹底的に興奮させることはなかった。私は、その夜の奇妙な冒険を心に思い浮かべながら、家路についた。飛行船のことはよく見聞きしていたが、まさか見ることができるとは思ってもみなかった。 (0:14:17)


私は飛行船があり得ると真剣に考えたことはなかったが、数分のうちに、最近新聞で見た飛行船に関する多くの話を思い出し、私が見たものは飛行船だと判断した。 それから約1時間後、ヒルズボロから1マイル(約1.6km)以内の地点で、同じ物体が消えた場所から上昇するのを見た。 (0:14:39)

その物体は、空にただの暗雲のように見えるまで上昇した後、北東の方向に進み出し、ものすごいスピードで飛行した。時速100マイルかそれ以上だったに違いない。ダラスかその近くに向かっていた。 (0:14:57)

数秒おきに鮮やかな閃光ときらめきを放っていたが、ほとんどの時間は暗闇の中を移動していた。私は職業柄、見たり聞いたりしたことをすべて信じるわけにはいかないが、私はその物体を見たし、私の馬も見た。私たち二人ともほとんど狂喜乱舞していたので、その存在を否定することはできない。 (0:15:15)

問題は、それが何なのかということだ。人間は海を征服したが、悪魔は空の支配者だと言われている。再び聖句によれば、悪魔は一時的に解き放たれるという。聖句が私たちの目の前で成就していることを、誰が知っているだろうか。 (0:15:31)

人間が空飛ぶ機械を起こすことは可能だと認めるが、それでも見たもの全てに対して、それが何なのか気になって仕方がない。ホール判事とスペル氏はこの物語に大いに興味を持った。前者のホール判事はそれについて、人間の発明には終わりがなく、私は友人バウンズが見たものを、私が毎日新聞で読んでいる飛行船に関する記述と同じくらい信頼している、とコメントした。 (0:15:56)

、バウンズが私とは反対の立場にいるとき、私は彼がテキサスで最も想像力豊かな男だと思う。しかし、彼が弁護士から降りてきて、紳士としての名誉にかけて、ある物事がそうであると言うとき、私は彼にとても優しく接し、常に疑いの利益を与える。 (0:16:12)

この証言には、事件の目撃者であるJ・スペンス・バウンズ弁護士を含む数人の人物の名前が記されているという利点がある。他の研究者たちは、新聞の飛行船物語に登場する人物が実在の人物であるかどうかを確認している。 (0:16:37)

少しネットで検索したところ、J・S・バウンズの記録を見つけた。1909年に見つかった裁判例から、彼がちょうど10年後にテキサスで弁護士として活躍していたことを確認した。また、J.M.ホール判事の話で、彼を保証した最初の人物の記録も見つけた。彼は実在し、1890年代にヒルズボロで判事をしていた。というのも、もしこの話が事実でなければ、ダラス・モーニング・ニュースはホール判事から訴訟を起こされる可能性があったからだ。 (0:17:18)

彼らが言っていたもう一人の弁護士、W・E・スペルの記録も見つけた。彼もまた実在し、1890年代にヒルズボロで弁護士をしていた。つまり、J・S・バウンズ、J・M・ホール判事、W・E・スペルの3人は実在の人物だったのです。もしあなたが当時の新聞社で、商売を続けたいのであれば、弁護士や裁判官についてとんでもない虚偽の記事を載せないことです。彼らは、あなたを訴えて法廷で破滅させる方法をよく知っている人たちなのだから。 (0:17:46)

つまり、この記事は極めて本物のようだ。新聞社のでっち上げではない。J.S.バウンズはホール判事とW.E.スペルの立ち会いのもとで、本当にこれらのことを記者に話したのだ。そして、こちらも4月17日土曜日のサンアントニオ・エクスプレス紙に掲載された記事である。飛行船。ダラス上空を通過し、何人かに目撃される。 (0:18:20)

伝道師の説。テキサス州ダラス。4月16日。スペシャル。それは目の錯覚だったかもしれないが、今夜ダラスは科学と啓示の間で揺れ動いている。飛行船は今夜4月16日8時、この街の北を東から西へ通過し、元高等裁判所のA・T・ワッツ判事やR・C・コピシュ博士など数百人が目撃した。 (0:18:48)

説教者たちは、それはあの世から来たもので、キリストの再臨の使者だと言う。もしそれが地上の装置であれば、昼にも夜にも見られるはずだという。 (0:18:59)


これは二つの理由から、あまり良い議論ではない。第一に、地球上の装置は夜にも見えるし、第二に、飛行船は昼間に見られた。しかし、サンアントニオ・エクスプレス紙は、飛行船がダラスで数百人に目撃されたと報じている。 また、A.T.ワッツ判事とR.C.コピシュ博士という2人の名前も挙げられている。確認したところ、A・T・ワッツ判事は実在した。 (0:19:35)

Dallas Daily Herald紙によると、彼は10年前の1887年にダラスに移っている。コピッシュ医師も実在した。彼はダラスで薬剤師をしており、15年後の1912年にSouthern Pharmaceutical Journal誌に掲載された彼の薬局の広告を含め、ネット上で複数確認できた。つまり、これも新聞がでっちあげた話ではなく、実際にあった話なのだ。 (0:20:01)

このように、地上の人々が上空で飛行船を目撃し、それを報告しただけの話はたくさんある。しかし、上がったものは必ず下がらなければならない。 もし飛行船が実在するならば、着陸しなければならない。そして、飛行船が地上にいる間に遭遇したという複数の証言がある。そのため、人々は乗組員と話す機会を得た。 (0:20:22)

この記事のように、4月18日の日曜日にフォートワース・レジスター紙に掲載された。ちなみに4月18日はイースターの日曜日であり、新聞にフェイク記事を載せるには最も縁起の良い日ではなかった。テキサス・アンド・パシフィックの西の地点で目撃された飛行船。電信線の修理工であるパット・C・バーンズ大尉は、その機械を調べ、支配人や乗組員と話をした。 キューバ行きでスペイン人に死をもたらす。説明。 (0:20:57)

フォートワースとベアード間のテキサス・アンド・パシフィックの電信部門の修理工であるパトリック・C・バーンズ氏は、昨夕西からやって来て、多くの人が疑うであろう話をレジスターの記者にした。彼が真実の人であるという評判がなければ、レジスター紙もこの話を繰り返そうとは思わなかっただろう。 バーンズ氏は過去20年間テキサス・アンド・パシフィック鉄道に勤務しており、常に正直で正直な従業員であった。 (0:21:23)

彼の話によると、4月15日の木曜日の午後から夕方にかけて、彼はパトナム駅の近くで修理をしていた。夕飯と寝る場所に目を向けると、彼は仕事を進めることができなかった。彼はシスコとベロシペードに向かって走り出した。ベロシペードとは、ペダルを漕いで動く車輪付きの乗り物の古い呼び方だ。 (0:21:46)

ベロシペードには車輪が一つ以上あり、一輪車、自転車、三輪車、四輪車などがあった。しかし、最も一般的なのは自転車である。だから、ミスター・バーンズが自転車に乗って夕食と寝床を探しに行く姿が想像できるだろう。シスコから西に7マイルほど行ったデルマー・サイディングの近くで、彼は線路から少し離れた南側に光を見つけた。近所に農家がないことをよく知っていた彼は好奇心を刺激され、ベロシペードを降りて調査に向かった。 (0:22:22)

その飛行船が本当に何なのか、最近多くの注目を集め、様々な憶測を呼んでいる飛行船に偶然出くわしたと知った時の彼の驚きを想像してみてほしい。何人もの男たちが船や機械の周りを動き回っていたが、バーンズ氏が現れるとかなり驚いたようだった。とはいえ、彼がなぜそこにいることになったのかを説明すると、彼らは何も話したがらなかった。船のサーチライトの調子が悪く、暗闇の中を進む勇気もなく、船は地上に降ろされたのだ。 (0:22:52)

その船は葉巻型で、長さは約200フィート、最も幅の広いところで50フィートあり、両端は徐々に狭くなっている。バーンズ氏は好きなだけ見学することを許され、彼の質問にはすべて答えてくれた。船の両端には大きな鋼鉄製のカタツムリの殻のような装置がある。これがこの奇妙な機械を推進させる装置だと彼は知らされた。 (0:23:15)

大型のガソリンエンジンによって、この中のどれかが急速に進化し、空中に穴を開け、素晴らしい速度で船を引きずったり引っ張ったりしている。船の両側と両端近くにはさらに2つの装置が取り付けられており、操舵に使われる。 (0:23:32)

船を右や左に回したいときは、その側のプロペラを動かす。機械を上昇させるには、上部にある同様の装置を動かす。船には数トンのダイナマイトが積まれ、キューバに向かっている。船長によれば、スペイン軍はフィリピン諸島への輸送のために都市に集結しており、この船はこれらの都市まで航行し、ダイナマイトを兵士の宿営地や輸送船に投下することになっている。 (0:24:00)

スペイン海軍を破壊することが提案されている。そうすることで、キューバ兵に武器弾薬を貸し出すことができるようになり、こうして供給されたキューバ兵は、飛行船が投下したダイナマイトから逃れたスペイン人を簡単に処分することができる。 (0:24:10)


金曜日の午前1時頃、サーチライトの調子が良くなったので、船はオザーク山脈の原野に向けて出発した。船長はバーンズ氏に、彼らは日中、夜間に船の実験をしていると伝えた。彼らは日曜日までにキューバに向けて出航するか、飛行機で移動する予定であり、水曜日までにキューバに到着することを望んでいた。そうなれば、スペインは何かが落ちるのを聞くことになるだろう。 彼がただの電信修理工であり、弁護士や裁判官のような著名人でなかったから当然である。 (0:24:50)

「北の森大作戦」第151話では、1895年から1898年まで続いたキューバ独立戦争におけるアメリカの役割について議論した。ウィリアム・ランドルフ・ハーストとジョセフ・ピューリッツァーが所有する新聞が、アメリカの軍艦USSメインがハバナ港で爆破された後、アメリカを戦争に参加させる手助けをしたことを覚えているだろう。彼らは血を流せと呼びかけ、アメリカは今でいう米西戦争に巻き込まれた。すべては翌年の1898年に起こることだが、この会話が報道された1897年には、すでに人々は参戦について話し始めていた。 (0:25:30)

飛行船労働者たちは、キューバのスペイン海軍にダイナマイトを投下し、その後、親不孝船がキューバ兵を武装させるために上陸できると言った。軍事フィリバスターとその内容については、エピソード255「黄金の環の騎士」で触れた。飛行船がキューバと結びついたのはこの時だけではなく、多くの人々が飛行船がキューバ紛争に関与するのではないかと推測していた。 (0:25:54)

しかし、もし飛行船が実在していたのなら、彼らはやや秘密裏に活動していたことになる。というのも、もしあなたが新しい発明を試しているのなら、あまり人に知られたくないからだ。1890年代には、改良された新しい飛行機械を開発しようとする発明家たちが大勢いた。 月19日(月)のダラス・タイムズ・ヘラルド紙に掲載された記事によると、新しい実験飛行船をテストしているのなら、多少秘密主義になるのは当然だろう。特に、まだ米国特許庁で特許を取得していない場合はなおさらだ。その結果、飛行船の乗組員が言ったとされることには注意しなければならない。 (0:27:04)

彼らはミスディレクション戦略の一環として話をしたのかもしれない。しかし、彼らが言ったことすべてを単純に否定すべきではない。テキサス州ボーモント出身の聖職者、ラビが語った別の話もある。月25日(日)のニューオーリンズ・デイリー・ピカユーン紙によれば、レヴィ医師は昨夜、セント・ピーターズ・ストリート48番地にあるG・レヴィ夫人の邸宅でピカユーンの男性に目撃された。 (0:27:57)

飛行船は神話ではないと、彼は言った。私はそれについてよく耳にしていたが、流布されている話をほとんど信用せず、それを見た瞬間まで疑っていた。10日ほど前、4月15日か17日だったか、ボーモントから2マイルほど離れた農場で見た。 (0:28:20)

その夜の10時頃、飛行船が目撃され、近くの農場に降り立ったという報告で、辺りの国中が騒然となった。 (0:28:25)


好奇心をかき立てられ、見に行った。新しい水を入れるために止まっていたことを知った。そのときは真っ暗で、船の輪郭以外はほとんど見えなかった。長さは150フィートほどで、胴体は普通のミシンで使うハッスルのような形をしていた。 (0:28:47)

両側には100フィートほどの巨大な翼があった。それは何か軽い素材でできているようだった。彼が農家の家に入ったとき、私は男の一人に話しかけ、握手をした。電気で動いているが、どうやって供給しているのかは知らない。 (0:29:03)

そう、どこで作られたかは聞いたが、地名も発明者の名前も思い出せない。彼は、彼らはずいぶん旅をしていて、マシンをテストしていたと言った。私は唖然として、知的な質問ができなかった。 (0:29:19)

一つ言えることは、飛行船が空を飛んでいるのを見たことがあるということだ。その飛行船はダラス、オースティン、フォートワースへ行き、しばらくの間テキサス中をホバリングしていた。 さて、ガルベストン・デイリー・ニュースという別の新聞は、テキサス州ボーモント近郊の記事も掲載していた。その中に、1896年のボーモントに関するコラムがあり、ラビA・レヴィがボーモントのエマニュエル会衆で奉仕していた実在の人物であることが確認できた。つまり、パトリック・バーンズのケースとは異なり、私はレヴィ師の実在を確認することができたのである。聖職者が飛行船の乗組員と会って話したと証言しているのです。しかも少数派の宗教の聖職者だ。 (0:30:08)

当時のアメリカ文化には反ユダヤ主義がかなりあった。だから、反ユダヤ主義者の反感をかうような嘘はあまりつきたくないのだろう。さて、飛行船乗組員とのもう一つの出会いは、私の第二の故郷であるアーカンソー州のものだ。月14日(金)のアーカンソー州『サザン・スタンダード』紙に掲載された。彼らは見たと言っている。ホットスプリングスの評判の良い2人の市民が、飛行船を見たと証言している。 (0:30:43)

この飛行船の話は、ジョン・J・サムター巡査部長とジョン・マクレモア保安官代理が、先日の夜、シュガーローフ・マウンテンの向こうへ真夜中に出かけた帰りに、ホットスプリングス・センティネルの記者に話したもので、友人たちのジョークや冗談にさらされた。彼らの真剣な態度は多くの人を困惑させているが、彼らはこの話を事実として受け入れることはできないものの、彼らが冗談を言っているのではないと見抜いている。 (0:31:12)

少なくとも彼らの誠意を友人たちに納得させるために、サムター警視正は、彼とマクレモア氏が宣誓供述した発見の詳細を、次のように書き記した。1897年5月6日の夜、この街を北西に向かって走っていたとき、天高く輝く光に気づいた。突然それは消えてしまったが、私たちは関係者を探しており、騒ぎを起こしたくなかったので、それについて何も言わなかった。 (0:31:39)

丘を4、5マイル走った後、私達は再び光を見た。私たちは馬を止め、その光が降りてくるのを見た。私たちはさらに半マイルほど走った。 (0:31:57)

100ヤードほど離れたところで、ライトを持って動き回る人影を見た。事態の重要性にすっかり目覚めていたウィンチェスターを引き寄せて、私たちは要求した。長いあごひげを蓄えた男がランタンを手に出てきて、私たちが誰であるかを知らされると、彼と他の若い男女は飛行船でこの国を旅しているのだと言った。 (0:32:19)

その船の輪郭ははっきりと見分けることができた。葉巻型で、長さは約60フィート、最近新聞に掲載されたカットにそっくりだった。 (0:32:28)


暗くて雨が降っていて、若い男は30ヤードほど離れたところで大きな袋に水を入れていた。彼女は傘をさしていた。 ひげを生やした男は、雨の降っていないところへ連れて行ってくれると言って、私たちをドライブに誘った。 (0:32:49)

私たちは濡れる方が好きだと思うと彼に言った。燦然と輝くライトをなぜこんなに点けたり消したりするのかと尋ねると、彼は、ライトはとても強力で、彼の動力の多くを消費してしまうので、ライトを消すときは彼の動力に追いつくためだと答えた。 彼は、数日温泉に立ち寄り、熱い風呂に入りたいと言ったが、時間は限られており、そうすることはできなかった。 (0:33:09)

テネシー州のナッシュビルまで行くつもりだという。急ぎ足で出発し、約40分後に戻ってみると、そこには何もなかった。私たちは、飛行船が出発するのを聞くことも見ることもできなかった。 ジョン・J・サムター・ジュニア、ジョン・マクレモア、1897年5月8日、私の前に署名し宣誓する。C.G.ブッシュ、J.P.、すなわち平和判事。この報道について、パインブラフ・プレス・イーグル紙は、「ホットスプリングスでは以前から、より質の高いジャグ・ジュースの需要があった。この役人たちが回復すれば、間違いなくその影響力を行使して、この長い間切望されていたものが供給されるようにするだろう。 (0:33:51)

黒くて長い髭を生やした男が、二人を雨の降っていない場所に連れて行くと言ったが、二人は濡れる方がいいと言った、というところが好きだ。さて、パインブラフ・イーグル紙は、この出会いについて、アルコールを意味するジャグジュースを飲み過ぎたせいだと皮肉った。しかし、先ほどのサザン・スタンダード紙は、宣誓供述書らしきものを掲載した。 (0:34:12)

調書には、ジョン・J・サムター・ジュニア警部補とジョン・マクレモア保安官代理が署名し、C.G.ブッシュ判事の前で宣誓している。調べてみると、ジョン・J・サムター巡査は1897年のホットスプリングスに実在した人物だった。彼の父親は南軍の大佐だった。戦後、彼はホットスプリングスで著名な弁護士になった。アーカンソー州下院議員や上院議員を務め、かなり著名な人物だった。 (0:34:50)

息子のジョン・ジュニアは、アーカンソー州やその周辺の州の当時の新聞に数多く登場している。私は1897年のミズーリ州の新聞で、彼の線画を含むスポーツコラムを見つけた。サムターがウィンチェスターで発砲する必要を感じなかったのは、黒ひげの男にとって良いことだ。ミズーリ州の新聞は、ジョン・ジュニアがトラップ射撃大会で優勝したことを評しているので、彼はかなりの射撃の名手だったのだろう。 (0:35:13)

また、数ヶ月前に彼がホットスプリングス・タウンシップのコンスタブルに任命されたという通知も見つけた。その通知は1896年12月16日に掲載され、こう書かれていた。ガーランド郡ホットスプリングス・タウンシップの警察官に任命。昨日、知事はジョン・J・サムター・ジュニアをガーランド郡ホットスプリングス・タウンシップのコンスタブルに任命した。副保安官のアレン・P・デールは死亡。 (0:35:44)

この職には多くの応募者があり、パインブラフに多くの友人を持つサムター氏の幸運を祝福したい。つまり、ジョン・J・サムター・ジュニア巡査は実在の人物だったのだ。また、C.G.ブッシュも実在し、治安判事であったことも確認した。ホットスプリングスに土地を持っていたドン・ファン・フィリアルという男の法定相続人を列挙した議会の文書に、彼の名前があった。その相続人のリストには、ブッシュが治安判事であったことが記されていました。 (0:36:17)

そして、ホットスプリングスでマクレモア一家を見つけ、その中にジョン・マクレモアというメンバーが少なくとも一人含まれていることがわかった。しかし、その一家のメンバーが副保安官でもあったことを検証するほど長くは探さなかったが、物語に出てくる3人の人物のうち2人はすでに検証していたので。 (0:36:36)


というわけで、最も重要な二人の人物、警視と治安判事が実在したことははっきり確認できたし、副保安官も実在したようだ。つまり、『サザン・スタンダード』紙が印刷したものは、本物の宣誓供述書である。そして、これは決して小さな問題ではなかった。著者のマイケル・バスビーは、その著書『Solving the 1897 Airship Mystery(1897年飛行船の謎を解く)』の中で、「......そして今、宣誓供述書を作成する。 (0:37:11)

蒸気機関の輝かしい時代に宣誓供述書を作成することは、小さな問題ではなかった。 宣誓供述書は非常に真剣に扱われ、宣誓供述書に虚偽の宣誓をした者は、司法制度によって厳しく罰せられた。しかし、虚偽の宣誓をすると刑務所に収監されるという脅しがあったため、人々はこの謎の飛行機械を見たと合法的に宣誓することを厭わなかった。前回の説明の2人の警察官も含めて、飛行船の話は真剣に受け止めるべきである。 (0:37:40)

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ジミー、飛行船についてはどのような説があるのですか? (0:38:52)

考えるべき基本的な説は2つある。第一に、1896年と1897年に人々が実際に空で飛行船のようなものを見たわけではないという説。例えば、彼らは空に普通のものを見て、それを飛行船と見間違えたのかもしれない。それが一種の集団ヒステリーや大衆の妄想を引き起こし、新聞を賑わせた。あるいは、すべてがデマだったのかもしれない。 (0:39:24)

このデマは、飛行船を見たと報告した普通のいたずら好きが始めたのかもしれないし、多くの飛行船目撃情報が鉄道を追いかけていたことから、鉄道労働者が始めたのかもしれない。あるいは、新聞を売るために新聞記者が作り出した可能性もある。私たちが考えなければならない2つ目の説は、人々が本当に空で何らかの飛行船を見ていたというものだ。 (0:39:48)

この場合、問題はこれらの飛行船がどのようなものであったかである。エキゾチックなものであれば、地球外生命体であり、別の次元から来たか、我々の宇宙の別の惑星から来たかのどちらかであろう。あるいは、地球に住む隠された人々から来た地球外生命体かもしれない。しかし、飛行船は通常の人類起源である可能性もある。 (0:40:10)

この場合、飛行船には1人かそれ以上の人間の発明者がいるはずで、ひょっとすると政府の秘密プロジェクトの一部だった可能性さえある。では、飛行船について、理屈の観点から言えることは何だろうか?

(0:40:32)

ライト兄弟が初めて動力飛行をする前の出来事であるというのが、一つの論拠である。 (0:40:38)


それは6年後の1903年、ノースカロライナ州のキティホークで行われた。一見すると、これはもっともらしい議論に思えるかもしれない。ライト兄弟はまだ空を飛んでいなかったのだから、空に飛行船があるはずはない。ただし、ライト兄弟以前にも飛行船は存在していた。第189話のヒンデンブルク号の事故でも取り上げたように、イエズス会の神父フランチェスコ・ラナ・デ・テルツィ神父は1670年に飛行船の設計図を発表している。そして1709年、最初の気球が人間を上空に運んだ。ポルトガル人のバルトロメウ・デ・グズマン神父がポルトガル国王ジョン5世のために実演した。1783年、フランスのモンゴルフィエ兄弟がルイ16世とマリー・アントワネット王妃のために大型の熱気球を飛ばした。1851年、フランスのエンジニア、アンリ・ギファールはギファール・ディリゲルを設計した。ディリゲルは、舵とプロペラを使って操縦できる気球である。 (0:41:46)

そして1864年、アメリカ南北戦争の最中、発明家ソロモン・アンドリュースはスミソニアン博物館のために水素を充填したディリグルを実演し、その設計図をエイブラハム・リンカーン大統領に提供した。 しかし、この時点で南北戦争は終結していたため、政府は彼の申し出を受け入れなかった。つまり、1896年に飛行船が見られるようになる45年前、1851年にはすでに、ディリギブルを含む飛行船が空を飛び回っていたのだ。1896年に飛行船が目撃されるようになる45年前、つまり半世紀近くも前に、飛行船はすでに空を飛び回っていたのだ。 (0:42:20)

この議論を修正して、1896年と1897年には誰も本当に飛行船を見ていなかったと主張する方法はありますか?例えば、当時報告された飛行船は、当時誰も達成できなかった飛行特性を示しており、不可能であったと主張することはできないだろうか? 当時の飛行船が不可能であったと主張できる唯一の飛行特性は、1890年代の飛行船が推定した飛行速度である。 (0:42:49)

いくつかの報告によれば、時速100マイルから200マイルで飛行できたという。しかし問題は、膨大な数の報告があり、そのすべてが正確であるとは言い切れないことだ。時速100マイルから200マイルという推定は、デマや誇張された報告によるものかもしれないし、地上にいた人々は、私たちが頭上を通過する航空機を見たときと同じように、速度を推定する良い方法を持っていなかったので、単に間違った推定をしたのかもしれない。 (0:43:18)

さらに、ほとんどの証言では、時速10マイルから30マイルしか移動しておらず、それは当時確かに可能だっただろう。だから、超高速の報告は単なる勘違いかもしれないし、報告の大部分は正確だったかもしれない。一方、1863年にソロモン・アンドリュースが飛行船を実演した際、彼は実演の一部で時速200マイル以上に達したと推定している。だから、19世紀にはそのような速度が可能だったのかもしれない。 (0:43:51)

いずれにせよ、議論の修正は1890年代に誰も飛行船を見ていなかったことを示すものではない。原理的に飛行船を否定できないのであれば、様々な反論はどうなのだろうか? (0:44:04)


人々は、空に見える普通のものを飛行船だと認識できたのだろうか? 問題は、それが何であるかということである。流星、火の玉、彗星、そして金星などである。そして、人々がこれらのものを誤解し始めたと思われる文化的な出来事さえあった。飛行船が目撃される10年前の1886年、フランスの有名な作家ジュール・ヴェルヌが飛行船についての小説を発表した。 (0:44:36)

ジュール・ヴェルヌの他の作品と同様、この小説はサイエンス・フィクションの初期の例であり、当時は科学ロマンと呼ばれていた。 本のタイトルは『征服者ロベール』。ストーリーは、新型の飛行艇を開発する飛行協会に関するものだ。ロバートという発明家が、空気より重い飛行の問題を克服し、彼らの軽飛行飛行船よりはるかに優れた巨大な空気より重い飛行船を作ったのだ。 (0:45:08)

「征服者ロバート」は1887年にアメリカで出版された。ヴェルヌはとても人気のある作家だったので、おそらく10年後には、この本を読んだ人々は飛行船に関するあらゆることに興奮し、普通のものを空に浮かぶ飛行船と誤認し始めたのだろう。このアイデアをどう考えるか? 問題は、提案された説明のどれもが良いものではないということだ。まず、すべての天文現象に当てはまる一般的な問題がある。それは、近代的な光害が起こる前の1890年代、人々は今よりもずっと夜空に親しんでいたということだ。 (0:45:53)

彼らは流星、火の玉、彗星、そして惑星金星、よく宵の明星と呼ばれていた星についてすべて知っていた。だから、当時の人々がこれらのどれかに騙され、飛行船だと思い込むことは本質的にあり得ない。しかし、それぞれの提案には具体的な問題がある。流星や火球が空にとどまる時間はほんの数秒であるのに対し、1890年代の飛行船は数分間、時には30分や1時間にもわたって観測された。だから、流星や火球であるはずがない。彗星には逆の問題がある。 (0:46:25)

彗星は何カ月も空にとどまり、飛行船の目撃例を説明するには長すぎる。 さらに、我々は天文学的な記録を持っており、調べれば、適切な時期に肉眼で見える彗星があったようには見えない。金星に関して言えば、空で最も明るい天体の一つであり、車を運転していれば追いかけてくるようには見えないが、彗星がそうでないように、10分から30分で空を横切ることはない。彗星がそうであるように、飛行船が10分から30分で空を横切ることはない。 (0:47:04)

少なくとも一般的な説明としては、どの誤認説も成り立たない。このような誤認による報告も否定はできないが、膨大な数の報告の一般的な説明にはなりえない。 しかし、膨大な数の報告に対する一般的な説明にはなりえない。 私はそうは思わない。 (0:47:30)

現代のUFO現象と同じように、すべてのUFOに単一の説明を求めるべきではない。現代のUFOでは、あるものは誤認であり、あるものはデマであり、あるものは他のものです。問題は、他の方法で説明できるものを除外したときに残る報告はどうなのかということだ。1890年代の飛行船の場合、報告のいくつかは従来の面白みのない方法で説明できると言っても問題はない。実際、そのように説明されるべきものもあるだろう。 (0:47:59)

しかし、このような説明を考慮に入れたときに残る報告の核があるとすれば、もっと興味深い可能性を考える必要がある。 (0:48:10)


デマについてはどうでしょう?現地でデマを流したり、悪ふざけをした人たちが、この熱狂的なブームを巻き起こしたのでしょうか? まあ、1890年代の飛行船の報告のいくつかはデマであったことは間違いないでしょう。人間の本性がそうさせるのだ。人はデマを流すものだ。だから私は、いくつかの報告がデマであったことは確かだと考えている。 (0:48:34)

デマを流した人の中には、ジュール・ヴェルヌの小説に触発された人もいるだろうし、新聞で読んだ飛行船の記事に触発された人もいるだろう。 特に、より幻想的な突飛な報告はデマではないかと思う。今日、誰かがUFOを見たと言い、それが着陸し、金髪の人型のエイリアンが降りてきて、自分たちは金星から来たと言ったとする。 (0:49:07)

その話はあまりに間違っていて、信じられない。だから私は、本当に荒唐無稽な1890年代の飛行船の報告をデマとして片付けたい。もしデマが流されているのなら、誰かが責任を負わなければならない。 これらのデマに責任があるのは誰か?考えられるのは、一般市民、鉄道員、新聞記者の3人である。少なくとも、飛行船に関する報道が新聞に載り始めると、何人かの一般市民が、自分たちで飛行船の話をでっち上げ、新聞に伝えるのは面白いだろうと考えたのは間違いない。 (0:49:43)

しかし、この現象の起源に関しては、鉄道員がやったという説がある。この指摘は、飛行船の目撃談の多くが、テキサス・アンド・パシフィック鉄道の電信システムで働いていたパトリック・バーンズのような鉄道員によって報告されたという事実に基づいている。つまり、彼らがデマの発端あるいは主要な支持者であったということが示唆されているのです。この議論についてどう思われますか?鉄道職員によるデマがあったことを否定することはできませんが、全体的な説明としては適切ではないと思います。 (0:50:18)

第一に、カリフォルニア州、第一段階のサンフランシスコとサクラメントで起こった最初の報告には、鉄道職員は関与していない。この現象は鉄道沿線ではなく、飛行船が都市で目撃されたことに起因する。しかし、第2段階は鉄道沿線で起きた。その原因は鉄道にあったのでしょうか?繰り返すが、鉄道職員によるデマもあったかもしれないが、全体的な説明にはなっていない。 (0:50:48)

そもそも、鉄道職員が他の人たちよりも飛行船を多く目撃するのには、それなりの理由がある。つまり、あなたが賢い発明家で、飛行船の設計を思いつき、主に国土の真ん中を夜間飛行してテストしているとしよう。どうやって航行するんだ?GPSもレーダーも無線ビーコンも存在しないし、田舎には人工照明もない。 (0:51:13)

そのため、大都市と大都市の間は、主に未開発の田舎の暗い大地を見下ろすことになる。そうなると、夜間のナビゲーションは非常に難しくなる。しかし、1つだけナビゲーションに使えるものがある。町を結ぶ鉄道だ。少なくとも定期的にスポットライトを点灯し、鉄道の線路をたどってナビゲーションを行うことができる。つまり、それは当然のことなのだ。 (0:51:48)

鉄道職員が他の人々よりも飛行船を多く目にするのは、至極当然な理由がある。さらに、鉄道職員は飛行船を報告するのに適した立場にあった。鉄道会社は線路に沿って電信線を引き、乗客や貨物の流れを管理した。また、それ以外の時間には、電信線の時間を貸し切って、新聞記事などのメッセージを異なる町同士で送れるようにしていた。これがワイヤ・サービスという言葉の由来である。 (0:52:21)

新聞社は電信線を使って記事を配信する。つまり、鉄道はゼロ世代インターネットのような役割を果たしていたのだ。あなたが鉄道員で、町と町を結ぶ路線で働いているときに、エキサイティングな飛行船を見たとします。そして駅に停車すると、すぐそこに電報係がいて、その電報係か地元の記者に自分が見たことを伝える。 (0:52:49)


このように、鉄道職員が飛行船を頻繁に目にする理由も、飛行船を頻繁に報告する理由も、どちらも非常に優れている。さらに、鉄道仮説が一般的な説明として適切でないもう一つの理由があることも指摘されている。著者のマイケル・バスビー氏は、その著書『1897年の飛行船の謎を解く』の中で、全国に張り巡らされた鉄道路線を所有する会社が多数あったことから、異なる雇用主の下で働く遠く離れた電信員が、これほど説得力のあるデマを連携して織り上げ、それを7ヶ月間維持できた可能性は排除される、と書いている。 (0:53:35)

鉄道の電信員たちは、報告するように頼まれたこと、つまり目撃者や記者によって語られた飛行船の話を報告しただけである。だから、鉄道デマ仮説は一般的な説明にはならない。 新聞デマ仮説はどうだろう?19世紀の新聞は、売り上げを上げるために偽の記事を載せることがあった。なぜ飛行船目撃を単なるフェイクニュースとして説明できないのか? 繰り返しになるが、これはいくつかの飛行船目撃談については正しい説明かもしれないが、一般的な説明にはならない。 (0:54:10)

まず、一般的な新聞のデマについて話そう。マイケル・バスビーによれば、19世紀後半、新聞は、典型的な大都会紙であったが、故意に偽の記事を掲載した。これらのデマ記事は、一般にかなり詳細で事実のように見えるが、その筋書きがすべて紹介されるには数週間を要した。この種の物語は、連載として知られるようになった。 (0:54:39)

最終回が終わり、作者がその筋書きが虚構であることを暴露するまで、読者は連続ものの信憑性を確信することはなかった。テレビの時代以前は、それが娯楽だった。 1897年に大流行した飛行船物語は、一連の新聞デマだったのだろうか? 新聞が連載記事を掲載する場合、通常、最終回の最後にその旨を明記する。しかし、西部、中西部、南西部で飛行船の記事を掲載した新聞は数多くあった。これらの新聞のほとんどは、地元で発行されている小さな新聞だった。 (0:55:17)

そのすべてが、アメリカ国民に対する一大デマに加わるとは考えられない。さらに、アラン・ダニルクはその著書『The Great Airship of 1897(1897年の偉大なる飛行船)』の中で、当時の最も権威のある大新聞でさえ、その日の暗い経済・政治ニュースに必要なコミカルな救いをもたらす手段として、時折、意図的にユーモラスな、まったく架空のストーリーを盛り込むことがあったことは、十分に立証された事実である、と書いている。 (0:55:48)

軽妙な語り口、ジャッカロープの侵入や近くの湖から毛皮で覆われた魚が引き揚げられたというような奇怪で明らかに空想的な内容、掲載時期が4月1日であること、あるいは記者が精神病院から書いていることなどによって、記事の真の滑稽な意図は一瞬にして明らかになり、読者を楽しませるためだけのものであることがわかる。 (0:56:17)

それとは対照的に、飛行船の話は軽妙な調子で語られることはめったになく、通常は極めて淡々と、しばしば一面に掲載された。 (0:56:27)


飛行船に関する記事は、数日間続けて掲載されることもあり、軽快な記事とはまったく対照的で、たいていは一度きりのものだった。 言い換えれば、飛行船の話は単なるフィラーではなく、本当のニュースとして扱われた。 さて、バスビーとダニレックはジャーナリズムの専門家ではなく、飛行船の研究者である。そこで、私は実際のジャーナリズムの専門家に連絡を取り、これらの点に関する彼らの分析が正しいかどうかを確かめることにした。 (0:56:59)

ノース・テキサス大学メイバーン・ジャーナリズム・スクールのジム・ミューラー教授に問い合わせたところ、メールでこう教えてくれた。新聞は非常に個性的で、発行者の個性を反映していた。しかし、たいていの新聞はその記事をデマと断定するか、読者が文脈からそれを理解するかのどちらかでした」。つまり、バスビーとダニレックは正しかったのだ。 (0:57:29)

フェイク・ストーリーは通常、そのように明示されるか、あるいは読者が文脈からそれを理解できるような手がかりを与えられるかのどちらかである。各エピソードの最後には必ず、4月1日やエイプリルフールにちなんで公開することを記している。しかし、飛行船の話はこのように扱われませんでした。フェイクであることは特定されず、一面のような、文脈から他の何かと特定されない限りストレートなニュースとして紹介された。 (0:58:13)

新聞のデマ説が一般的な説明として適切でない理由は他にもある。バスビーはさらに、「...陰謀は、陰謀を企てる者の数が少なければ維持するのが難しく、参加者の数が2人を超えると維持するのが不可能になる」と述べている。電報の全盛期には、多数の新聞社が7ヶ月以上にわたって大衆を欺くことは不可能だったようだ。」 そしてダニレックは、「...苦労して稼いだ信用を飛行船の記事に費やすことは、どんな経営者や編集者にとっても危険なことだっただろう」と述べている。 (0:58:44)

。もし飛行船がジョークや一大デマであることが露呈していたら、そのような暴露は新聞の信用を著しく傷つけ、それによって、将来、大衆の認識、ひいては政策を形成するために報道の力を利用する能力を低下させただろう。このように、1896年から97年にかけての飛行船騒動が、不謹慎な新聞社の磁石による副産物であったという前提は、最も成り立たないように思われる。 (0:59:14)

新聞社、特に大手新聞社にとって、無意味な記事を事実として掲載することで評判を得ることは、職業上の自殺行為であった。特に、大手新聞社がたった一度の推薦で政治家の出世を左右したり、不利な社説で政治家の出世を潰したりしかねない時代においては。そのため、編集者や記者は、誤った記事を事実として掲載したことが発覚すれば、個人的な評判が下がるだけでなく、雇用主の信用も失墜しかねないという事実を認識し、その責任を非常に重く受け止めていた。 (0:59:47)

もし大都市に複数の新聞社があれば、信用を失った新聞社の発行部数に深刻な打撃を与え、財政的な挫折や債務超過に陥る可能性さえある。 (0:59:52)


そして、ここで私が言いたいことがある。研究者たちは飛行船の話に登場する人物を調査し、その多くが実在の人物であることを確認した。 先ほど聞いたように、私自身、裁判官、弁護士、医者、ラビなど実在の人物を調べました。 しかし、もしその話が新聞記者によるデマだとしたら、実在の人物を巻き込んだ記事を掲載することで、新聞社は名誉毀損で訴えられる可能性が出てくる。 (1:00:34)

さらに、デマ記事を掲載すれば、複数の新聞社が存在する都市や町では、新聞社は競合他社とのさらなる競争にさらされることになる。もしライバル紙がデマの飛行船記事を印刷しており、それを証明できるのであれば、それを指摘することで大きな一石を投じることができる。必要なのは、その記事に名前が挙がっている実在の人物と話をして、その話はでっち上げだ、そんなことは言っていないと言わせることだ。 (1:01:04)

あるいは、その話に名前が挙がっている人々があなたの町に存在しないことを確認するだけでいい。そして、この事実を紙面で大々的に喧伝することで、ライバル紙に大恥をかかせることができる。そうすることで、ライバルに害を与え、自分のビジネスを増やすことができる。 二重の勝利だ。 (1:01:23)

しかし、私が発見した限りでは、飛行船の記事ではそうはならなかった。ライバル紙の中には飛行船の記事を嘲笑したところもあったが、目撃者を根拠に嘲笑したのであり、目撃者は酔っぱらっている、気が狂っている、頭が鈍いなど、正常な判断力を持っていないと主張したのである。少なくとも私が見た限りでは、故意に虚偽の記事を載せたとしてライバル紙を嘲笑うことはなかった。だから、新聞のデマは一般的な説明としては適切ではないようだ。 (1:01:48)

新聞社の中には、特に競争相手があまりいなくて地元紙が一社しかないような小さな地域では、故意にデマを載せたところもあったかもしれない。しかし、これは報道の一般的な説明にはならない。実在の、名前のある、特定可能な個人が定期的に使われていることが、それを保証している。 デマに物理的な根拠があったという可能性はどうだろう? 目撃者が飛行船と誤認するような小さな風船や提灯をいたずらで飛ばした可能性はないのか? (1:02:19)

、アラン・ダニルクはその著書の中でこの可能性についてこう書いている。「飛行船論争が盛り上がっていた時期に、マスコミ関係者を含む何人かの愉快犯が、飛行船として報道されるかどうかを確かめるために、さまざまな都市の上空に小型の熱気球を打ち上げて、大衆の騙されやすさを試すということをやったという証拠が、主に逸話的なものだが、いくつかあるようだ。 (1:02:50)

驚くなかれ、何度も飛行船と報道されたのである。そのため懐疑論者の中には、この報道はヒステリックなものか、せいぜい単純だが巧妙なデマをひどく誇張したものに過ぎないと主張する者もいた。 この説明には重みがある。明らかに、飛行船への関心はすでに高く、夜空に異常な光があれば、それが問題の謎の船であると認識される可能性が高かった。 (1:03:14)

しかし、もしこれらの悪ふざけが本当だとしたら、飛行船論争が最高潮に達した時、つまり、目撃談がすでにかなり進行した後で、一般大衆が空で見たものを有名な飛行船のひとつだと解釈する素地がすでにできていた時に起こったことになる。これでは、第1段階のカリフォルニアでも、第2段階の無防備な中西部でも、人々が飛行船を脳裏に思い浮かべておらず、空にあるものを飛行船として解釈する素地がなかったときに始まった報告の起源を説明することはできない。だから、これも一般的な説明としては不十分である。 (1:03:52)

もしデマがあるとしたら、それを特定する方法はあるのだろうか? (1:03:57)


はい、いくつかの方法があると思います。第一に、飛行船の話が、本当に奇妙で信じられないような要素を含んでい る場合、それが本物である可能性は低くなります。第二に、飛行船の話が普通から逸脱している場合、普通のパターンに当てはまらない異常値である場合、本物である可能性は低くなります。 (1:04:23)

そして第三に、もし私たちがそれを調べて、名前のある個人の存在を確認できなければ、それもまた本物である可能性が低い。これらは少なくとも、デマを見分けるためのテストの一部である。もし、これまで考えてきた説のどれもが、その報告に対する一般的な説明として適切でないのであれば、それは本当に飛行船を見た人がいたことを示していることになる。では、飛行船が何であったかについての理論を見てみよう。 (1:04:46)

地球外起源、あるいは異次元起源の飛行船だったのだろうか? この考えは、現代のUFOコミュニティで人気がある。この考えを支持するために、多くのことを指摘することができる。第一に、目撃者の何人かは飛行船を葉巻型と表現し、20世紀に目撃され始めたUFOのいくつかも葉巻型と報告されている。第二に、飛行船は、19世紀当時、他の軽飛行機を凌ぐ驚くべき飛行特性を持っていたと表現されることがあった。 (1:05:21)

そして、今日のUFOの際立った特徴の一つは、それらが示す複製不可能な珍しい飛行特性である。第三に、飛行船の乗組員に遭遇したと報告した人たちがいたが、彼らは時々、変わったアクセントを持っていたり、変わった行動をとったりしたと言った。第四に、一部の新聞は、飛行船が火星か太陽系の別の惑星から来たのではないかと示唆した。 (1:05:56)

第5に、墜落した飛行船のパイロットの焼死体が発見されたという報告があり、そのパイロットはこの世界の住人ではなかったと記述されている。これらの議論についてどう思いますか?どれも地球外生命体説を一般的な説明として成り立たせるものではない。

(1:06:23)

葉巻型は、機体の前方の空気を突き破って特定の方向に飛行させたい場合に適しています。飛行機が葉巻型なのもそのためです。ですから、この形は、飛行機が地球型であることと同じように矛盾しません。第二に、珍しい飛行特性を持つということに関して言えば、当時としては驚くべきことだったかもしれないが、地球外生命体から期待されるものとは言い難い。 (1:06:56)

つまり、我々は時速100マイルから200マイルの間の速度について話しているだけで、スポーツカーはその範囲に入ることができる。そもそも、これらの証言は間違っているかもしれないし、速度が誇張されているかもしれない。しかし第二に、その速度は現代の飛行機、ましてやUFOの比ではない。アラン・ダニレック氏は、飛行船は19世紀後半には珍しいほど洗練された技術を見せていたかもしれないが、21世紀の私たちを感心させるような技術レベルではなかったとコメントしている。 (1:07:27)

つまり、少なくとも現在の予想によれば、地球外生命体であるほど未来的でもUFO的でもなかったようだ。現代のUFOが、40Gの加速度から、現代の航空機では不可能な90度の旋回まで、あらゆる種類の素晴らしい能力を示すのに対し、1896年の飛行船はそのような特徴をまったく示さなかった。その代わり、飛行船の速度は時速10マイルから30マイルで、ほとんど一貫して鈍重なものであった。 (1:07:58)

、時速100マイルまで加速したという報告もいくつかあるが、これは野生の推測である可能性が高い。地上から航空機の速度を推測することがいかに難しいかを考えると、特に当時の観測者が推測するための背景を欠いていた場合はなおさらである。 (1:08:20)

人間が機関車で移動できる最速が時速60マイル程度であった時代であることを考えると、かなりのんびりとしたペースであっても、その時代の人間にとっては荒唐無稽に吹聴される可能性が高い。それは、太陽系に到達するのに必要な恒星間の広大な宇宙空間を横断するのに十分なほど進化したと推定される機体としては珍しいように思われる。 (1:08:49)

事実、どちらかと言えば、彼らはほとんど制御されていないように見えた。言い換えれば、1896年から97年にかけての飛行船が地球外からの訪問者であったとしても、彼らは驚くほど印象に残らない技術を披露したのである。第三に、飛行船の乗組員がときどき持っていたと報告される変わったアクセントや行動は、彼らが本当に異星人、つまりアメリカにとっての異星人、地球上の他の国から来た人々、あるいは外国人であったという事実によって説明することができる。 (1:09:25)

19世紀、アメリカはまだ第二次世界大戦後のような世界的な科学大国ではなかった。多くの科学者や発明家はヨーロッパ出身で、19世紀にはヨーロッパからの移民が多かった。だから、飛行船を発明したのが誰であれ、ヨーロッパ人であったかもしれないし、その報告が正確であったとしても、奇妙なアクセントと奇妙な行動を持つ他の種類の外国人であったかもしれない。 (1:09:57)

第四に、飛行船が火星や太陽系の別の惑星から来たのではないかと推測した新聞は、ほんのわずかしかなかった。ほとんどの新聞は、ほとんどの人々と同じように、飛行船は純粋に人間が作ったものであり、人間が乗ったものであると解釈していた。 (1:10:16)


さらに、火星や太陽系の他の惑星には、人間のような生命は存在しないことも分かっている。もし彼らが地球外生命体であったとしたら、太陽系よりもっと遠くから来た可能性がある。 飛行船が墜落した後、パイロットの焼死体から彼がこの世界の住人でないことが判明したという第5の議論はどうだろう? この事件は、ダラス・フォートワース地域の北にあるオーロラというテキサスの小さな町が元になっている。 (1:10:50)

しかし、パイロットに関するその発言が真実だとすれば、この事件は異常ということになる。多くの場合、飛行船の乗組員は人間であったと報告されている。それは、電信修理工パトリック・バーンズ、ラビ・レヴィ、ジョン・J・サムター警部補やジョン・マクレモア保安官代理のような、彼らと交流があったと主張する人々の圧倒的なコンセンサスであった。彼らは皆、普通の人間と話しているのだと言った。 (1:11:23)

さて、1890年代に地球外生命体が地球を訪れていた可能性を排除することはできないし、もしかしたら1897年のオーロラ墜落事故は、50年後の1947年のロズウェル墜落事故の初期の前身だったのかもしれない。ロズウェルで何が起こったかについての私の現在の見解は、エピソード49を遡って聞くことができる。しかし、オーロラは、飛行船報告の一般的な説明にはならない異常値である。 (1:11:49)

乗組員は人間だったというのが圧倒的なコンセンサスだ。彼らは地球外生命体だったのだろうか?地球上の隠された文明から来た人間?地球外生命体についてのエピソードはまた今度紹介することにして、この飛行船の乗組員がそうであったことを示唆する記述がある。それは1897年4月19日付のダラス・モーニング・ニュースに掲載されたもので、そこにはこう書かれていた。 (1:12:20)

チェンバースクリーク水の不思議な効果。テキサス州エリス郡ワクサハチ。4月18日。多くのテキサス州民を困惑させている謎の飛行船について、ニュースレポーターがこの街のラブ判事にインタビューした。その飛行船が彼に目撃されたという噂が広まり、ニュース記者はさらなる情報を求めて彼のオフィスに電話した。

(1:12:50)

(4月17日)。風は北風で、釣果はほとんどなかった。午後5時半か6時頃、私たちはクリークをさらに下ることにした。グレート・ハウス・ランチの河口から600ヤードほどの地点で、ビーティさんが少し前に出ていた。私が下をくぐって彼に近づくと、彼は左を指差した。谷間に、奇妙な格好をした5人組の男がいて、その脇の土手に奇妙な形の機械が置かれていた。 (1:13:24)

男たちは毛皮の上に背伸びをしてくつろいでおり、パイプを吸っていた。私たちは恐る恐る彼らに近づいた。私たちを見ると、彼らはやや狼狽した様子だったが、そのうちの一人がかなり上手な英語で私たちに声をかけてきた。私たちは進み、お互いの自己紹介が終わった後、あれは有名な飛行船ですかと尋ねた。 (1:13:47)

最初に声をかけてきた、そのパーティのリーダーらしき男が言った。ご覧になりますか?その船か飛行船は長さ32フィート、中央の幅は14フィートで、メキシコの葉巻のように互いに向かって徐々に傾斜している。 (1:14:05)

3対の翼がある。それぞれが鳥の翼のようになっている。翼は前後にリブがあり、リグスビー・パークでランプソンが打ち上げた凧の翼のように、空気の流れが最大限の揚力を発揮できるように覆われている。この飛行船には機械が搭載されており、翼を非常に速く動かしたり、羽ばたかせたりすることができる。 (1:14:32)

船には寝台、炊事場、ガソリンストーブ、その他の便利な設備があり、乗組員の宿泊施設として整備されている。この飛行船は時速250マイルで飛行できるが、通常の速度は時速125マイルから150マイルであると、我々は航空ナビゲーターから聞いた。彼らがどこから来たのか、いつから空中を航行しているのかを聞きたいと言うと、彼らのリーダーはパイプと上等のタバコ袋を出し、私たちにくつろぐように促した。 (1:15:04)

我々は北極の地域に住んでいると彼は言った。一般に信じられているのとは違って、極地の向こうには約250平方マイルの領土を持つ大きな陸地がある。私たちが知る限り、この地を人類が初めて訪れたのは、ユダヤ人の捕囚と離散の後、イスラエルの10部族がそこに辿り着いた時である。伝承によれば、彼らはベーリング海峡を渡ろうとして、氷山に流され、北極の海岸に上陸したという。 (1:15:37)

その地域の気候は、当時は寒かったが、その地域の海面下を何百マイルにもわたって何ヒロも流れた後、地表に現れ、北極大陸の周囲を完全に流れるメキシコ湾流の影響によって、人が住めなくなることはなかった。私がどうやって英語を話すのか不思議に思うだろう?1553年、ヒュー・ウィロビー卿の極地探検は、乗組員とともに遭難したと思われていたが、実は北極点に到達することに成功した。 (1:16:06)

航海によって船は大破し、バラバラになってしまったので、ウィロビー卿とその乗組員たちは危険を冒してまで帰ろうとせず、北極点に留まった。1846年の初め、ジョン・フランクリン卿の乗組員が北極点に到着した。ジョン卿は、現在レディ・フランクリン湾と呼ばれている近くで亡くなった。ジョン卿の乗組員は、北極点から100マイルの地点で、船が2つの氷山の間に押しつぶされ、ボートで向かったため、戻ることは不可能であったため、残った。 (1:16:37)

前述したことに加え、アメリカやヨーロッパの様々なパーティーが、絶望的な状態でこの土地に到達したことがある。どうやって生きていくのですか?まあ、今は立派な国がある。蒸気で建物を暖める方法を知っているか?そして土壌は、温帯のすべての果物と熱帯のいくつかの果物を生産できるような温度に保たれている。 (1:17:03)

半年間の夜間は電気で照らされている。木材も炭もない。ご存知のように、水は2分の1の水素と1分の1の酸素からできている。

(1:17:14)


さて、私たちは化学的なプロセスによって、氷山を取り、水素と酸素を分離し、後者を燃料や明かりに使っている。木材が不足しているため、船や列車を作ることができない。そこで我々は飛行船を発明するに至った。北極の地では何年も前から飛行船を地元の移動に使ってきたが、今我々がしているような旅に出る実験をしたのはつい最近のことである。 (1:17:40)

1月1日、ノースポール・ランドの歴史協会は、アメリカとヨーロッパ全土に多数の飛行船を送り出すことを決定した。20隻の飛行船がこの目的のために特別に建造され、それぞれ5人乗りであった。1897年3月1日、そのうちの10隻がヨーロッパへ、10隻がアメリカへ向けて出発した。アメリカには10隻の船がある。私たちは銃と漁具を備えており、その航行速度によって、目視できるあらゆる獲物を捕獲することができる。 (1:18:07)

合意により、アメリカの10隻の船はテネシー州ナッシュビルに集合し、6月18日と19日に開催される100周年博覧会に出席することになり、その2日間、船は無料で展示される。ここから100マイルほど北に下ったところで、私たちはあなた方の列車が通過するのを見た。とても不思議なものだが、とてもゆっくり進む。では、そろそろ出発しましょう ラブ判事は続けた。 (1:18:31)

それから私たちは乗組員と握手を交わし、彼らは船に乗り込み、空中に上昇し、ウェイコに向かって出発した。私がお話しした船の説明は非常に乏しいものですが、皆さんは6月18日と19日に開催されるナッシュビル博覧会に行って、自分の目で確かめることができます。 さて、これはすごい話だと思う。実に面白いのだが、残念なことに、それだけの話なのだ。 (1:19:00)

これには複数の問題がある。デマを見破るための3つの基準に戻ると、まず、この話には信じがたい奇妙なことが含まれている。地球外文明そのものがあるのだが、その可能性については今後のエピソードで述べることにしよう。しかし、我々は現在地球全体の地図を作成しているが、メキシコ湾流によって暖められる北極の大陸は存在しない。そして、この物語に描かれているような北極陸地の存在を示す証拠もない。 (1:19:30)

それから、北極ランドから来た連中が、優れたタバコを持つパイプ・スモーカーだという事実もある。タバコのパイプ・スモーキングはアメリカ大陸で生まれた習慣なので、それはありそうにない。北極の地に到着した極地探検家たちが、栽培可能なタバコの苗や種を持ち込んだとは考えにくい。 第二に、この話は異常である。 (1:20:15)

目撃者によって報告された他の飛行船の話のパターンに当てはまらないので、真実である可能性は低くなる。そのため、この証言で報告されている地球外生命体の話は非常にありそうにない。しかし、私はこの基本的な証言そのものを救おうとする試みを見たことがある。マイケル・バスビーは、ラブ判事は本当に飛行船に遭遇し、乗組員と話をしたという基本的な話は真実だと考えている。 (1:20:42)

しかし彼は、ノースポール・ランドの話全体が嘘であり、乗組員が飛行船の本当の起源に気づかないように、そしておそらく飛行船をコピーする方法を学ぶことができないように、人々を突き放すためにジャッジ・ラブに言ったのだと考えている。この考えを裏付ける証拠はあるのだろうか?ある。彼の根拠は、飛行船のリーダーがテネシー州100周年記念大会で飛行船を展示すると言ったという事実だ。テネシー州は1796年6月に連邦に加盟し、1897年6月には州制100周年を記念する博覧会をナッシュビルで開催した。バスビーは、ある発明家が100周年記念博覧会に連絡してきて、そこで飛行船を展示し飛行させたいと言ったと記している。 (1:21:38)

しかし、この紳士の主張は唯一無二のものではなかった。それでも証拠としてはかなり弱いようだ。テネシー百年祭は当時よく知られていたイベントだったし、単なる偶然だったかもしれない。飛行船の船長が嘘をついていたとしても、ラブ判事が言われたことが本当だったという考えを疑う理由はありますか?

(1:21:55)

そしてそれは、デマを見破るために私たちが挙げた3つ目の基準、つまり話に登場する人物の存在を確認できないということに帰着する。一般市民にとっては、国勢調査の記録を調べるなど、多くの調査が必要で、それでも見つからないかもしれない。しかし、ラブ判事は裁判官であり、公人である。 (1:22:19)

新聞で取り上げられるような裁判の判決を下したのだから、足跡も大きく残るはずだし、当時の新聞にも取り上げられるはずだ。 (1:22:25)


さて、この記事はラブ判事の住んでいた場所を教えてくれる。この街の人だと書いてあり、記事の日付変更線はテキサス州ワクサハ チーにある。よほど有名な人でない限り、ダラスの『ダラス・モーニング・ニュース』の読者は、ラブ判事と言われても誰だかわからないかもしれない。しかし、ダラス・モーニング・ニュースの飛行船記事に登場する他の人物は、通常、ファーストネームかイニシャルが使われるのに、ラブ判事は使われなかった。これは、彼が作り出された人物であるか、当時有名な判事であったことを示す手がかりかもしれない。 (1:23:15)

確かに彼は有名ではなかった。ダラス・モーニング・ニュースのアーカイブでラブ判事という言葉を検索してみたが、彼に関する記述を見つけることができなかった。そこで検索範囲を広げて、1890年代のnewspapers.comでラブ判事とワクサハチに関する記述を調べてみた。しかし、これも見つからなかった。さらに検索範囲を広げて、GoogleでJudge LoveとWaxahachieを検索してみたが、最初は何も見つからなかった。 (1:23:43)

しかし、その後、私は検索しました。検索を重ねた結果、ラブ判事の正体を突き止めた。 彼の名前はアルバート・L・ラブで、彼の写真も見つけた。この時、彼が判事として有名でなかった理由もわかった。彼が判事に任命されたのは、ワクサハチで弁護士になってからまだ1ヵ月も経っていない頃で、1897年3月17日に地方裁判所の特別任期を埋めるために判事に任命されたのだとわかった。つまり、4月19日の『ダラス・モーニング・ニュース』紙にこの記事が掲載されたとき、彼は判事になってまだ1ヵ月しか経っていなかったのである。それもあって、当初は彼の記録をオンラインで見つけるのが難しかった。 (1:24:36)

彼は新しい特別任期の判事に任命されたばかりだった。この発見によって、私はこの話に対する態度を見直さざるを得なかった。 実際に検証可能な裁判官が語るということは、特に評判が非常に気になる新米裁判官にとっては大きなことだ。裁判官は一流の人物であり、正直で真実であるという世間の評判は、本当に大きな問題なのです。 (1:25:05)

というわけで、証拠に基づいて、私はこの件に関する見解を変えざるを得なかった。私は今、バスビーの言う通り、その出会いはあったのではないかと疑っている。 ジャッジ・ラブは本当に飛行船に遭遇し、パイプを吸う乗組員のリーダーと話をした。だから、私もバスビーに同意せざるを得ない。これは飛行船のリーダーがラブ判事についた嘘だろう。こうして、飛行船の背後にいた人々が普通の人間であったという良い証拠が得られたように思える。彼らについて何が言えるだろうか? (1:25:37)

さて、それは今日扱うことのできない大きな問題なので、これは次回のエピソードへのクリフハンガーとなる。次回は、謎の飛行船建造者の正体、彼らが何者であったのか、飛行船報告がなぜ突然終わったのか、そして飛行船が政府の秘密計画に関係していたのかどうかについての手がかりを与えてくれるかもしれない、特定の飛行船報告をさらに詳しく見ていくことにしよう。 (1:26:04)

ではジミー、とりあえずの結論は? (1:26:08)


1896年と1897年の謎の飛行船は魅力的な現象である。物語自体も興味深いし、その物語を説明できるものを見てみると、おそらく複数の原因を見ていることになる。しかし、提案された説明の多くは、場合によっては真実であったかもしれないが、現象全体に対する一般的な説明としては不十分であることを示すのはかなり簡単である。 流星、火球、彗星、金星などを誤認していたというだけでは説明できない。一般の人々、鉄道員、新聞記者、いたずら好きな人々によるデマに基づいたものだと説明することもできない。 (1:26:53)

人々は本当に飛行船のようなものを空で見ていたことを示す証拠はあるが、UFOコミュニティでの主張にもかかわらず、それが地球外生命体や異次元的なものであるという確かな証拠はない。 また、地球外文明から飛来したという証拠もない。 その証拠は、それらが人類によって作られた地球型宇宙船であることを裏付けている。問題は、誰が作ったのかということだ。ジミー、われわれはさらにどんな情報を提供できるだろうか? (1:27:22)

マイケル・バスビー著『1897年飛行船の謎を解く』、J・アレン・ダニルク著『1897年の大飛行船』へのリンクを掲載します。また、カルロス・アジェンデの著書『幻の飛行船との遭遇、1896-97年の幽霊飛行船の波』もニュースになっている。 また、1897年にアーカンソー州で目撃されたUFOについてのビデオ講義へのリンク、ジュール・ヴェルヌの小説『征服者ロベール』についての情報、アルバート・L・ラブ判事についての情報、ラブ判事の任命についても。それでは、今回はここまで。 (1:28:05)

1890年代の謎の飛行船について、あなたの説は?sqpn.comまたはJimmy Akins Mysterious WorldのFacebookページにアクセスするか、feedback at mysterious.fmにメールを送るか、at mys underscore worldにツイートを送るか、sqpn.com slash discordのStarQuest Discordコミュニティにアクセスするか、619-738-4515のミステリアス・フィードバック・ラインまでお電話ください。619-738-4515です。そして、このエピソードでビデオとアニメーションの仕事をしてくれたOasis Studio 7に感謝の言葉を述べたい。 (1:28:45)

彼らはあなたのビデオやアニメーションのニーズに応えてくれます。私のYouTubeチャンネル、youtube.com slash, Jimmy Akinに行けば、「ジミー・エイキンのミステリアス・ワールド」のビデオ版を見ることができます。ジミー・エイキンのミステリアス・ワールド」のビデオ版もありますし、ビデオという要素がどれだけプラスになるかをご覧ください。 (1:29:23)

また、ビデオに「いいね!」やコメントをするようにしてください。そうすることで、YouTubeのアルゴリズムに、あなたがそのビデオを気に入って交流したことが伝わり、他の人にとっても興味深いものであることがわかるからです。 (1:29:37)


ノース・テキサス大学メイボーン・ジャーナリズム・スクールのジム・ミューラー教授には、当時新聞がどのように正確さに欠ける記事を掲載していたのか、またその際に読者にどのようなシグナルを送っていたのか、という点を明らかにしていただいた。 ジミー、次回のエピソードは? さて、次回はパート2です。飛行船現象をもっと詳しく見て、謎の飛行船の責任者が誰なのか、なぜ目撃が突然終わったのか、政府の極秘プログラムと関係があったのかどうかを明らかにします。皆さん、ぜひこのポッドキャストをお友達とシェアして、Apple Podcastsやポッドキャストのレビューが書けるところにレビューを書いてください。 (1:30:31)

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▼展開

Jimmy Akin's Mysterious World is brought to you by the StarQuest Production Network and is made possible by our many generous patrons. If you'd like to support the podcast, please visit sqpn.com slash give. You're listening to episode 279 of Jimmy Akin's Mysterious World, where we look at mysteries from the twin perspectives of faith and reason. In this episode, we're talking about the mystery airships of the 1890s. I'm Dom Bettinelli, and joining me today is Jimmy Akin. Hey Jimmy. Howdy Dom. At the end of the year 1896, residents of California were startled to see an unknown airship appearing in their skies. (0:00:46)

This was before the Wright Brothers conducted their first powered flight in 1903, and although balloons had been used for years, these new airships displayed unusual flight characteristics that were beyond other craft in their day. In recent years, many have proposed that the wave of the 1890s airships were early UFO sightings that heralded contact with extraterrestrials. But others have said that it was all a giant hoax. (0:01:13)

So what's the truth about the 1890s airship mystery? Was it aliens? Was it a hoax? Or was it something else? That's what we'll be talking about on this episode of Jimmy Akin's Mysterious World. So Jimmy, what do we need to say to begin? Today's episode is the first part of a two-parter. Today we'll be discussing the origins of the 1890s airship mystery, and we'll go a good way toward solving it. (0:01:40)

We'll be looking at many of the theories regarding them, and we'll be able to eliminate most of the theories as good general explanations of the reports. But not all. So next week, we'll go back to the very beginning of the mystery, looking at the earliest reports and seeing whether we can solve it completely. Now why did you want to do this mystery? As with every episode, because I think it's a fascinating mystery, but also because it's been regarded in the UFO community as evidence of contact with extraterrestrials before the famous Kenneth Arnold sighting that launched the modern UFO phenomenon in 1947. We discussed the Kenneth Arnold sighting back in episode 46, so you can go back and listen to that to hear all about how the modern era of UFOs started. (0:02:29)

And we'll be looking at whether the mystery airships of the 1890s are good evidence for extraterrestrial contact or not. Even if they're not, the story of the mystery airships is fascinating in and of itself, even if it turns out that they weren't extraterrestrial. What were they? Who built them? And why did the reported sightings stop so suddenly? Then let's begin. How much information do we have? (0:02:56)

We actually have a lot of information. I did a search on newspapers.com, and in 1896 and 1897, it lists 29,000 occurrences of the word airship. And almost all of those are from 1897, which had 24,000 occurrences of the word. This dwarfs the use of the term in the rest of the decade. (0:03:19)


If you look at a graph of the use of the word airship in newspapers across the 1890s, you'll see that there is a huge spike in 1897 with almost nothing by comparison in other years. Now, those 29,000 word usages don't translate directly into the number of stories published because the word airship will appear multiple times in the same story. But I've seen researchers in the mystery airships state that they found over 1,200 or over 1,500 individual stories reporting on the airships in 1896 and 1897, though their research was done several years ago before Newspapers.com and other online sources had many newspapers digitized like they do today. (0:04:05)

So I suspect that 1,200 to 1,500 number is low. But this was a major news story of the day. How did the airship story unfold? It happened in two phases between November of 1896 and May of 1897, so a seven-month period. Phase one began in California and lasted for about four to seven weeks, depending on which stories you count. The first sighting was reported in the state capital, Sacramento, on Tuesday, November 17th, 1896. Then five days later, on November 22nd, the airship appeared again over Sacramento and nearby San Francisco. Soon airship sightings were being reported all up and down the West Coast from San Diego in the South to Seattle, Washington in the North. And then, all of a sudden, the reports seemed to stop. (0:04:59)

By mid-December, just a month after they had started, the stories of airship sightings petered out, though I have found one sighting that was reported on Christmas Eve. And then, there was just nothing in January. The airship scene had basically gone dark. But it sprang to life again when phase two began. On Tuesday, February 2nd, 1897, an airship was sighted in Hastings, Nebraska, a completely different part of the country. (0:05:26)

Now a new and much longer series of airship sightings happened, lasting from February to May. And unlike the sightings in phase one, they weren't based on the West Coast. Instead, they were in the middle of the nation, with reports from as far south as Texas and as far north as the Dakotas. And the reports shifted eastward over time, as if the airships were zigzagging their way towards the East Coast. But then, by early May, after a period covering just three months, they petered out again. (0:05:59)

And by the end of the summer, the mystery airship flap was definitely over. You just used the term flap. What does that mean in this context? It's a borrowing from UFO literature. In ufology, a flap is a period in which UFOs are frequently seen, often in the same area, but always more frequently than they are normally seen. UFO flaps are also called UFO waves, and it's an appropriate term to use here, since the mystery airships were, by definition, unidentified flying objects. (0:06:33)

So it looks like we had two brief flaps or waves of airship sightings. (0:06:38)


The first took place on the West Coast between mid-November and mid-December 1896, and the second took place in the middle of the country between February and early May of 1897. What did people say they saw when they witnessed a mystery airship? Well, it varied. People didn't always give the same kind of description. To some extent, that's expected, because people notice and remember different details of things, and they perceive things differently. (0:07:06)

So a certain amount of variation is to be expected. Also, as we'll hear, some of the airship reports were likely hoaxes, and so you'd expect the hoaxed ones that weren't based on real perceptions to vary even more considerably. But here's a summary of the kind of thing that most people reported seeing. In his book, The Great Airship of 1897, Alan Danilek writes about what people reported when the airship first appeared over Sacramento. Some who happened to be outside when the thing appeared and managed to get a close look at it described it as being an intensely bright light that seemed to be suspended just beneath some sort of large, dark mass. (0:07:53)

Most described this shape as being cigar-like, with a few even reporting that the thing sported oversized propellers and had huge rudders on its undercarriage. One man even went on record as claiming it had paddle wheels on its sides like Fulton's Great Riverboat, while another described seeing its human occupants feverishly working bicycle pedals as it passed overhead, as though the great craft was capable of being pushed through the air by brute strength alone. (0:08:20)

But despite the often fantastic descriptions of the ship offered, everyone could agree about one thing. The thing had a brilliant white light that cut through the cool, damp air, illuminating its path like a powerful searchlight. One witness who reportedly watched the ship through a small telescope as it made its way slowly over the city claimed it was an electric arc light of intense power, making it sound like something far more mechanical than ethereal in nature. So the basic description of the airship was that it had a large cigar-like mass on top, beneath that was some kind of undercarriage, and attached to the undercarriage was a powerful searchlight. People also reported it having propellers and rudders, and some claimed to be able to see crewmen working aboard it. (0:09:07)

This sounds very much like a dirigible or directable balloon, like the ones we discussed in episode 189 on the Hindenburg disaster. Yes, and contrary to the extraterrestrial hypothesis that is common today, that's exactly what most witnesses understood the airship to be, a new kind of dirigible that some human had invented, and that made improvements on the dirigibles that were already being used at the time. (0:09:31)

Now the previous example is a summary by a modern author, but to give you an idea of what actual airship reports were like, we're going to look at a few examples. Today we'll be focusing on phase two of the appearances rather than phase one. So here's our first example, which is an article that appeared in the Plainview News from Plainview, Nebraska. It ran on Friday, February 26, 1897. Think it, an airship. (0:10:05)

For three or four days the past week there has been more or less speculation and interest at Kearney, Nebraska, and a mysterious light seen in the west between seven and ten o'clock in the evening. It has appeared in the west and seems to grow from a small faint light to a large bright one and then diminish again. (0:10:21)

On two occasions it has remained apparently stationary for an hour or so and then would take an undulating motion and disappear to the north. Some think it an airship and others who are more superstitious think it a sign of some dire disaster. The light has been seen by some reliable and responsible persons of that city. (0:10:38)


A satisfactory explanation of it would be gladly received by many as they are getting considerably worked up over it. And that's it. Just a very simple account. On three or four evenings a light in the sky appeared in the west of Kearney, Nebraska. As it traveled it became big and then shrank again. (0:11:03)

On two occasions it stood still for around an hour. Then it would undulate up and down before beginning to move again and go off to the north. Various responsible people had seen it. Some thought it was an airship while some thought it was an omen of disaster. This is a very straightforward sober account. (0:11:19)

It's not long on fantastic details and it doesn't sound like a hoax. Now here's our second example. It's from my first home state of Texas and it was published in Dallas Morning News on Saturday, April 17th. Flight of the airship seen near Hillsborough. A lawyer had a good view and gives a graphic description. Hillsborough, Hill County, Texas, April 16. Last evening, April 15, Honorable J. Spence Bounds of this city was called out into the southwestern section of the country near Osceola to write the will of William H. Gathings, an old settler who is quite sick and is not expected to recover. (0:11:56)

It was dusk when Mr. Bounds got there and as the will was lengthy with complications in it, it was nearly nine o'clock when he got through and started home. What occurred on his homeward drive is best related in his own language to the news reporter in the presence of Judge J.M. Hall of the 18th Judicial District and Honorable W.E. Spell, attorney for the Missouri, Kansas and Texas Railway. Said Mr. Bounds, I want to relate a little thing that I witnessed last night. (0:12:25)

I'd been up to old Uncle Billy Gathings to write his will and was driving homeward thinking of the old man and his useful career and the reward that doubtless awaited him and the good thereafter, when I was astonished by a brilliant flash from an electric searchlight which passed directly over my buggy. I want to tell you also that I was almost frightened to death by it for it made the space around me as light as day. (0:12:53)

My horse was also frightened and came near overturning the buggy. He snorted, reared and plunged madly, trembling meantime like a leaf. My hair stood straight up and I was almost too exercised to pay attention to the horse. Fortunately, the light rested on us scarcely a second but glided along over the fields and the country till it was suddenly turned upward to the heavens. (0:13:09)

Then following it with my eyes I beheld about 1,000 feet above me, I judge, a huge black monster from which the light emanated. It was in shape something like a cigar but underneath there appeared to be a body similar to the body of a ship which was attached to the object and from which the light originated. (0:13:30)

The searchlight was presently shut off and a number of incandescent lights flashed around the lower edge of the body of the vessel, or whatever it was. When I first saw it was going very slowly in a southerly direction. The lights were soon entirely extinguished and it glided along like a small black cloud in the air. When some miles further south the searchlight again appeared and guided along the timbers of Aquila Creek and rested on a hill about three miles this side of the town of Aquila. The vessel or ship steered for the hill and as it approached it all the lights were again extinguished and the ship disappeared from my sight. (0:14:06)

I think it must have stopped on the hill. I never had anything to so thoroughly work me up and I resumed my journey home considering in my mind the strange adventure of the night. I have read and heard so much of the airships but I never expected to see one. (0:14:17)


I had never seriously thought of them as possible but in a few minutes I recalled the many stories I've recently seen in the papers about airships and decided that what I had seen was an airship. When I was within a mile of Hillsborough about an hour later I saw the same object rise from locality where it disappeared. (0:14:39)

It ascended till it looked like a mere dark cloud in the skies when it started in a northeasterly direction and went at a terrific rate of speed. It must have gone at the rate of a hundred miles an hour or more. It was headed as near as I can judge toward Dallas or near there. (0:14:57)

Every few seconds it would send out brilliant flashes and sparkles but it traveled most of the time in darkness. Now gentlemen I am not prepared by my profession to believe everything I see and hear but I saw that object and my horse saw it. It almost made both of us frantic so there is no denying the fact of its existence. (0:15:15)

The question is what is it? Man has conquered the ocean but we are told that the devil is the prince of the air. Again the scriptures say the devil shall be turned loose for a season. Who knows but what the scripture is being fulfilled right before our very eye. (0:15:31)

It is possible I admit for man to get up a flying machine but still for all that I have seen I feel curious as to what it was and can't help it. Judge Hall and Mr. Spell were much interested in the narrative. The former Judge Hall commenting on it said there is no end to the invention of man and I place fully as much confidence in what my friend Bounds saw as the accounts I read in the newspapers about airships every day. (0:15:56)

Yes added Mr. Spell when Bounds is on the opposite side of a case that I am I think he is the most imaginative man in Texas but when he descends from the bar and says on his honor as a gentleman that a thing is so I deal very gently with him and always give him the benefit of the doubt. (0:16:12)

This account has the advantage of naming several individuals including the witness of the event attorney J. Spence Bounds. Other researchers have checked to see whether people mentioned in newspaper airship stories can be verified as real individuals and I decided to check on these individuals myself and so this is what I can report. (0:16:37)

After a little online searching I found a record of J. S. Bounds. I verified that he was an attorney serving in Texas just over a decade later as illustrated by a court case I found from 1909. I also found a record of the first man who vouched for him in the story Judge J. M. Hall. He did exist and was a judge in Hillsboro in the 1890s. This is very significant because if the story didn't happen then the Dallas Morning News was opening itself up to a lawsuit from Judge Hall who could have made life very unpleasant for the newspaper's owner and editor if they were making this stuff up. (0:17:18)

I also found a record of the other attorney they mentioned W. E. Spell. He also existed and he was an attorney in Hillsboro in the 1890s. So all three figures J. S. Bounds, Judge J. M. Hall and W. E. Spell were real people. And if you were a newspaper at the time and you want to stay in business you don't print false stories in which you say flagrantly false things about attorneys and judges. They're the very people who know exactly how to sue you and demolish you in court. (0:17:46)

So this story appears quite genuine. It was not made up by the paper. J. S. Bounds really did tell the reporter these things in the presence of Judge Hall and W. E. Spell who then told the paper that they believed him. And here's another account which was printed in the San Antonio Express also on Saturday, April 17th. The Airship. It passes over Dallas and is seen by several. (0:18:20)

Preacher's theories. Dallas, Texas. April 16th. Special. It may have been an optical illusion but Dallas tonight is wavering between science and revelation-zallations over the airship. It passed north of this city tonight, April 16th, at eight o'clock going east to west and was witnessed by hundreds including such men as Judge A. T. Watts, formerly of the High Court, and Dr. R. C. Kopisch who describe it as being only about 300 feet from the ground and in appearance similar to the airship seen in different parts of the country. (0:18:48)

Preachers say it is from in the other world and is the advent courier of the second coming of Christ. They say if it was an earthly device it would be seen by day as well as night. (0:18:59)


This isn't a very good argument for two reasons. First, earthly devices can also be seen at night and second, the airship was seen during the daytime. But the San Antonio Express reported that the airship was seen by hundreds of people in Dallas, which is not an inconsiderable number. It also mentions two individuals by name, Judge A. T. Watts and Dr. R. C. Kopisch. I checked and Judge A. T. Watts was real. (0:19:35)

The Dallas Daily Herald reported that he moved to Dallas 10 years earlier in 1887. Dr. Kopisch also was a real individual. He was a pharmacist in Dallas and I found multiple online confirmations of him including an advertisement for his pharmacy in the Southern Pharmaceutical Journal 15 years later in 1912. So this is another real story, not just one made up by a paper. (0:20:01)

Now there were many stories like this where people on the ground simply saw the airship in the sky and reported what they saw. But what goes up must come down. So if the airship was real, it would have to land. And there are multiple accounts of people coming across it while it was on the ground. And that gave people a chance to talk to the crew. (0:20:22)

As in this story, which ran on Sunday, April 18th in the Fort Worth Register. And incidentally, April 18th was Easter Sunday, so it wasn't the most auspicious day for planting fake stories in your newspaper. Oft-seen airship, seen at a point west on the Texas and Pacific. Captain Pat C. Burns, telegraph line repairer, examined the machine and talked with its manager and crew. Bound for Cuba to deal death to the Spaniards. A description. (0:20:57)

Mr. Patrick C. Burns, a repairer in the telegraph department of the Texas and Pacific between Fort Worth and Baird, came in from the west last evening and to a Register reporter told a story which a great many will doubt. And were it not for his reputation as a truthful man, the Register would hardly care to repeat it. Mr. Burns has been employed on the Texas and Pacific for the past 20 years and has always been a truthful and an honest employee. (0:21:23)

As he told the story, Thursday afternoon and evening, April 15th, he was engaged in making some repairs near Putnam Station, which occupied his time till it became dark on account of the clouds obscuring the moon. He was unable to proceed with his work when he turned his attention to supper and a place to sleep. He started towards Cisco and his Velocipede. Velocipede is an old term for a wheeled vehicle that you power by pedaling it. (0:21:46)

Velocipedes had one or more wheels and so they included unicycles, bicycles, tricycles, quadricycles and others. But the most common kind are bicycles. So you can imagine Mr. Burns riding a bicycle, going to find dinner and a place to sleep. And when near Delmar Siding, about seven miles west of Cisco, he saw a light some little distance from the track on the south side. Knowing full well there was no farmhouse in the neighborhood, his curiosity was aroused and dismounting from his Velocipede, he proceeded to investigate. (0:22:22)

Imagine, if you will, his surprise when he found that he had stumbled onto the airship which has attracted so much attention and been the occasion of a great deal of speculation of late as to what it really was. A number of men were moving about the ship or machine and seemed considerably surprised when Mr. Burns appeared. Nevertheless, they were nothing loath to talk when he had explained how he came to be there. Something had gone wrong with the searchlight of the ship and not daring to proceed in darkness, the ship had been brought to the ground. (0:22:52)

It is cigar-shaped, about two hundred feet long and fifty feet across at the widest point, gradually narrowing to a point at both ends. Mr. Burns was allowed to examine as much as he pleased and all his questions were answered. At each end of the ship is a large steel snail-shell device. This, he was informed, was the apparatus by which the strange machine was propelled. (0:23:15)

Large gasoline engines caused whichever of these are in use to evolve rapidly and to bore into the air, dragging or pulling the ship along at a wonderful rate of speed. Two more of these devices are attached to each side and near the ends of the ship and are used for steering. (0:23:32)

When it is desired to turn the ship to the right or the left, the propeller on that side is set in motion. To raise the machine, a like apparatus on top is set in motion. The craft is loaded with several tons of dynamite and is bound for Cuba. The captain said the Spanish troops are being massed in the cities for transportation to the Philippine islands and it is to proceed to sail over to these cities and drop dynamite into the camps of the soldiers and on the transportation ships. (0:24:00)

It is proposed to destroy the Spanish navy. This will enable filibustering ships to lend arms and ammunitions for the Cuban soldiers, who thus supplied, can easily dispose of such of the Spaniards as escaped the dynamite dropped by the airships. (0:24:10)


About one o'clock Friday morning, the searchlight was in good shape and the ship started for the wilds of the Ozark mountains, where the captain informed Mr. Burns they spend the days experimenting at night with the ship. They expected to sail or fly for Cuba by Sunday and hoped to reach there by Wednesday. When they do, Spain is likely to hear something drop. Now, I was not able to independently verify Mr. Burns' existence, which is not surprising since he was just a telegraph repairman, not a prominent person like an attorney or judge. (0:24:50)

In episode 151 on Operation Northwoods, we discussed the role of America in the Cuban War of Independence, which lasted from 1895 to 1898. You'll recall that newspapers owned by William Randolph Hearst and Joseph Pulitzer helped get America into the war after the American warship the USS Maine blew up in Havana Harbor. They called for blood and the U.S. became involved in what's now known as the Spanish-American War. All that would happen the next year, in 1898, but people were already starting to talk about getting involved in 1897 when this conversation was reported to happen. (0:25:30)

The airship workers said they were going to drop dynamite on the Spanish Navy in Cuba after which filibustering ships could land to arm Cuban soldiers. And we talked about military filibusters and what they involve in episode 255 on the Knights of the Golden Circle. This was not the only time that the airships were linked to Cuba and many people speculated that they might become involved in the Cuban conflict. (0:25:54)

However, we need to sound a word of caution because if the airships were real, then they were operating somewhat secretively. And that's understandable because if you're testing out your new invention, you don't want people knowing too much about it. In the 1890s, there were loads of inventors trying to come up with new improved flying machines. According to an article printed in the Dallas Times Herald on Monday, April 19th, So if you're testing your new experimental airship, it would be natural to be somewhat secretive. After all, you don't want anyone else stealing your design, especially if you haven't yet secured a patent on it with the U.S. Patent Office. As a result, we should be careful about things that the airship crew are alleged to have said. (0:27:04)

They could have been telling stories as part of a misdirection strategy. But we shouldn't simply dismiss everything they said either, especially if we can get confirmation from other sources. Another story was related by a clergyman, a rabbi from Beaumont, Texas. On Sunday, April 25th, the New Orleans Daily Picayune reported, Dr. Levy was seen by a Picayune man last night at the residence of Mrs. G. Levy, No. 48 St. Peter's Street, where he is stopping, having come to the city to attend the wedding of Mrs. Levy's daughter this afternoon, the young lady being his niece. (0:27:57)

You can take my word for it, said he, that the airship is no myth. I had heard a good deal about it but placed little reliance on the stories that were circulated and doubted until the moment I saw it. It was about ten days ago, April 15 or perhaps April 17, on a farm about two miles from Beaumont, which is my home. (0:28:20)

About ten o'clock that night, the whole country around was aroused by the report that the airship had been seen and that it had alighted on a farm nearby. (0:28:25)


My curiosity was aroused and I went to see it. I learned that they had stopped to lay in a fresh supply of water. It was dark as pitch then and I could see very little except the outlines of the ship. It was about a hundred and fifty feet long, the body being shaped something like the hustles used in an ordinary sewing machine. (0:28:47)

On either side were immense wings about a hundred feet long. It seemed to be made of some light material, what I could not say. I spoke to one of the men when he went into the farmer's house and shook hands with him. It is run by electricity but how it is supplied I do not know. (0:29:03)

Yes, I did hear him say where it was built but I can't remember the name of the place or the name of the inventor. He said that they had been traveling a great deal and were testing the machine. I was so dumbfounded that I could not frame an intelligent question to ask so you see I can give you but very meager details. (0:29:19)

One thing I do know and that is that an airship is an accomplished fact for I have seen it and many of my friends have seen it flying in the air. It went to Dallas, Austin, Fort Worth and hovered all around Texas for some time. Now, another newspaper, the Galveston Daily News, would also run stories about nearby Beaumont, Texas. And in it, I found an 1896 column about Beaumont that confirmed that Rabbi A. Levy was a real man who served at Congregation Emanuel in Beaumont. So, unlike the case of Patrick Burns, I was able to verify the existence of Rabbi Levy. And so, here we have a clergyman testifying that he met and spoke with the crew of the airship. And he's a clergyman from a minority religion. (0:30:08)

And there was a good bit of anti-Semitism in American culture at the time. So, I'd think he'd be less inclined to lie about something like this since it would stir up opposition from anti-Semites. And now, here's another encounter with an airship crew, which is from my second home state of Arkansas. It was printed in the Friday, May 14th edition of the Arkadelphia, Arkansas Southern Standard. Swear they saw it. Two reputable citizens of Hot Springs maintain that they saw the airship. (0:30:43)

The airship story, which Constable John J. Sumter and Deputy Sheriff John McLemore related to a Hot Springs Sentinel reporter the other night on their return from a midnight trip beyond Sugarloaf Mountain, subjected them to the jokes and jibes of their friends. They, however, most seriously maintain that it is absolutely true, and their earnestness is puzzling many, who, while unable to accept the story as a fact, yet see that the men are not jesting. (0:31:12)

In order to convince their friends of their sincerity at least, Constable Sumter wrote out the following statement detailing the discovery to which he and Mr. McLemore made affidavit. While riding northwest from this city on the night of May 6th, 1897, we noticed a brilliant light high in the heavens. Suddenly it disappeared, and we said nothing about it, as we were looking for parties and did not want to make any noise. (0:31:39)

After riding four or five miles around through the hills, we saw again the light, which now appeared to be much nearer the earth. We stopped our horses and watched it coming down, until all at once it disappeared behind another hill. We rode on about another half a mile further, when our horses refused to go further. (0:31:57)

About a hundred yards distant we saw persons moving around with lights. Drawing our Winchesters, who were now thoroughly aroused to the importance of the situation, we demanded, Who is that, and what are you doing? A man with a long dark beard came forth with a lantern in his hand, and on being informed who we were, proceeded to tell us that he and the others, a young man and a woman, were traveling through the country in an airship. (0:32:19)

We could plainly distinguish the outlines of the vessel, which was cigar-shaped and about sixty feet long, and looking just like the cuts that have appeared in the papers recently. (0:32:28)


It was dark and raining, and the young man was filling a big sack with water about thirty yards away, and the woman was particular to keep back in the dark. She was holding an umbrella over her head. The man with the whiskers invited us to take a ride, saying that he could take us where it was not raining. (0:32:49)

We told him we believed we preferred to get wet. Asking the man why the brilliant light was turned on and off so much, he replied that the light was so powerful that it consumed a great deal of his motive power, that when the light was turned off it was to catch up with his power. He said he would like to stop off in Hot Springs a few days and take the hot bath, but his time is limited and he could not. (0:33:09)

He said they were going to wind up at Nashville, Tennessee after thoroughly seeing the country. Being in a hurry, we left, and upon our return, about forty minutes later, nothing was to be seen. We did not hear or see the airship when it departed. John J. Sumter, Jr., John McLemore, subscribed and sworn before me this 8th day of May, 1897. C.G. Bush, J.P. That is, Justice of the Peace. Speaking of this report, the Pine Bluff Press Eagle says, There has long been a demand for a better quality of jug juice at Hot Springs. When these officials recover, they will doubtless use their influence to see that this long-felt want is supplied. (0:33:51)

I love how the guy with the long dark beard offered to take the two men to where it wasn't raining, but they said they believed they'd prefer to get wet. Now, the Pine Bluff Eagle newspaper snarkily chalked this encounter up to drinking too much jug juice, meaning alcohol. But the Southern Standard newspaper, from which we just heard, reprinted an apparent sworn statement. (0:34:12)

The statement was signed by Constable John J. Sumter, Jr. and Deputy Sheriff John McLemore, and it was sworn in front of C.G. Bush, who was a Justice of the Peace. I checked, and Constable John J. Sumter was a real person in Hot Springs in 1897. He had a famous father, John J. Sumter, Sr. His father had been a colonel in the Confederate Army. After the war, he became a prominent attorney in Hot Springs. He served in the Arkansas House of Representatives and the Arkansas Senate, so he was quite a prominent individual. (0:34:50)

His son, John Jr., is mentioned in numerous newspapers of the period in Arkansas and surrounding states. I found a sporting column in a Missouri newspaper from 1897 that included a line drawing of him. And it's a good thing for the man with the black beard that Sumter didn't feel the need to open fire with his Winchester, because the Missouri paper was commenting on John Jr. winning a trap shooting competition, so he was quite a marksman. (0:35:13)

I also found a notice that he had indeed been appointed Constable of Hot Springs Township a few months earlier. The notice appeared on December 16, 1896, and it read, John J. Sumter, Jr. Appointed Constable of Hot Springs Township, Garland County. The Governor yesterday appointed John J. Sumter, Jr. as Constable of Hot Springs Township, Garland County. Vice Allen P. Dale deceased. (0:35:44)

The position was one for which there were many applicants, and Mr. Sumter, who has many friends in Pine Bluff, is to be congratulated on his good fortune. So Constable John J. Sumter, Jr. was a real person. I also verified that C.G. Bush also existed, and he was a justice of the peace. I found him mentioned in a congressional document listing the legal heirs of a man named Don Juan Filial, who had land in Hot Springs. And the listing of heirs indicates that Bush was a justice of the peace, so he was real too. (0:36:17)

And I found a McLemore family in Hot Springs, and I know that it included at least one member named John McLemore, though I didn't search long enough to verify that that member of the family was also a deputy sheriff, as I had already verified two of the three figures in the story. (0:36:36)


So I got definite confirmation that the two most important figures, the constable and the justice of the peace, were real, and it looks like the deputy sheriff was real also. So what the Southern Standard printed appears to be a genuine sworn statement, meaning it constitutes legal testimony regarding this airship encounter. And this was no small matter. In his book Solving the 1897 Airship Mystery, author Michael Busby writes, "...and now come deponents and make affidavit, was pretty much the ultimate in attempting to convince someone you were telling the truth. (0:37:11)

Making affidavits in the glorious age of steam engines was no small matter. Affidavits were taken very seriously, and anyone's falsely swearing to an affidavit was punished severely by the judicial system. Yet, with the threat of confinement in prison for falsely swearing, people were willing to legally swear that they saw this mysterious flying machine." Including the two law enforcement officers of our previous account, so the airship stories should be taken seriously. (0:37:40)

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There are two basic theories that we need to consider. First, that people were not actually seeing any kind of airships in the sky in 1896 and 1897. For example, maybe they saw ordinary things in the sky and misidentified them as airships. This then led to a kind of mass hysteria or popular delusion that took off in the newspapers. Or, maybe the whole thing was a hoax. (0:39:24)

The hoax could have been started by ordinary pranksters who reported seeing airships, or it could have been started by railroad workers, since many airship sightings followed the railroads. Or, it could have been started by newspapermen who created it to sell papers. The second theory we need to consider is that people really were seeing airships of some kind in the skies. (0:39:48)

In this case, the question is, what was the nature of these airships, and they may have been either exotic or conventional. If they were exotic, then they could have been extraterrestrial, either from another dimension or from another planet in our universe. Or, they could have been crypto-terrestrial, from a hidden people living on earth. However, the airships also could have had a conventional human origin. (0:40:10)

In this case, they would have one or more human inventors, and they possibly could have even been part of a secret government project of some kind. So, what can we say about the airships from the reason perspective? Before we look at individual theories, are there any general arguments that would support the idea that people were not seeing any kind of airships in the sky? (0:40:32)

One argument is that this took place before the Wright Brothers made the first powered flight. (0:40:38)


That took place six years later in 1903 at Kitty Hawk, North Carolina. And at first glance, this could seem like a plausible argument. The Wright Brothers hadn't flown yet, so there shouldn't be airships in the sky. Except that there were airships in the sky before the Wright Brothers. As we discussed in episode 189 on the Hindenburg disaster, the Jesuit priest, Father Francesco Lana de Terzi, published a design for an airship back in 1670. And the first balloon carried a human aloft in 1709. It was demonstrated by the Brazilian Portuguese priest, Father Bartolomeu de Guzmão, for King John V of Portugal. In 1783, the French Montgolfier brothers flew a large hot air balloon for King Louis XVI and Queen Marie Antoinette. In 1851, the French engineer Henri Guiffard designed the Guiffard dirigible, a dirigible being a directible balloon that you could steer using a rudder and a propeller. (0:41:46)

And in 1864, during the American Civil War, inventor Solomon Andrews demonstrated a hydrogen-filled dirigible for the Smithsonian Institution and he offered the plans to President Abraham Lincoln for use in the war effort. But since the Civil War was winding down at this point, the government didn't take him up on the offer. So, we already had airships, including dirigibles, flying around in the sky as early as 1851, 45 years or almost half a century before the airships started being seen in 1896. They just looked like a new, more advanced kind of dirigible. (0:42:20)

Is there a way to modify this argument to still argue that nobody was really seeing airships in 1896 and 1897? For example, could you argue that the airships that were reported at that time displayed flight characteristics that nobody could have achieved at the time, making them impossible? The only flight characteristic that you could make a serious case was impossible at the time was the speed at which the 1890s airships were estimated to travel. (0:42:49)

According to some reports, they could fly between 100 and 200 miles per hour. But the problem is that we have a huge number of reports and we can't rely on them all being accurate. The estimates of 100 to 200 miles could be from accounts that were hoaxed or exaggerated or that were just misestimated since people on the ground didn't have a good way of estimating speed any more than we do when we see an aircraft pass overhead. (0:43:18)

Furthermore, most of the accounts had them only moving 10 to 30 miles per hour and that certainly would have been possible at the time. So the super fast reports could just be mistaken accounts and the bulk of the reports could have been accurate. On the other hand, back in 1863 when Solomon Andrews demonstrated his airship, he estimated that it did reach speeds of more than 200 miles per hour during part of his demonstration. So maybe such speeds were possible in the 19th century. (0:43:51)

In any event, the modification of the argument doesn't show that nobody was seeing airships in the 1890s. If we can't rule out the airships in principle, what about the various counterclaims? (0:44:04)


Could people have just identified ordinary things you'd see in the sky as airships? The question is what these things would be. Proposals include meteors, fireballs, comets, and the planet Venus. And there was even a cultural event that could have started people misinterpreting these things. Ten years before the airship sightings in 1886, the famous French author Jules Verne published a novel about airships. (0:44:36)

And like other works by Jules Verne, it was an early example of science fiction, or scientific romance as it was then called. The book was titled Robert the Conqueror. The story concerns a flying society that is building a new kind of advanced dirigible. And they're challenged by an inventor named Robert who has conquered the problem of heavier-than-air flight and built a giant heavier-than-air craft that is far superior to their lighter-than-air dirigible. (0:45:08)

Robert the Conqueror was published in America in 1887, and Verne was a very popular author, so maybe a decade later, people reading it got excited about all this airship stuff and started misidentifying ordinary things as airships in the sky. And what do you make of this idea? The problem is that none of the proposed explanations are good ones. First, there's a general problem that applies to all of the astronomical phenomena, which is that back in the 1890s, before modern light pollution, people were much more familiar with the night sky than we are today. (0:45:53)

They knew all about meteors, fireballs, comets, and the planet Venus, or the evening star, as it was often called. So it's intrinsically unlikely that people back then would have been fooled by any of these things and into thinking they were airships. But then there are specific problems with each of the proposals. Meteors and fireballs stay in the sky for mere seconds, whereas the 1890s airships were observed for multiple minutes, sometimes up to half an hour or an hour. So they couldn't be meteors or fireballs. Comets have the opposite problem. (0:46:25)

They stay in the sky for months, and that's way too long to explain the airship sightings. Further, we have astronomical records, and if you check, it doesn't appear that there were any comets visible to the naked eye during the right time period. When it comes to the planet Venus, it's one of the brightest objects in the sky, and it can't appear to follow you if you're driving a car, but it doesn't cross the sky in 10 minutes to half an hour, just like comets don't. And that's reportedly what the airships were seen to do. (0:47:04)

So none of the misidentification theories work, at least not as a general explanation. I can't rule out that some of the reports were caused by misidentifications like this, but they can't be a general explanation for the huge number of reports. Should we even be seeking a single explanation for all the reports? I don't think so. (0:47:30)

Just like with the modern UFO phenomenon, we shouldn't expect a single explanation for all of them. With modern UFOs, some are misidentifications, some are hoaxes, and some are other things. The question is, what about the reports that remain when you eliminate those that can be explained in other ways? In the case of the 1890s airships, I have no problem saying that some of the reports can be explained in conventional, uninteresting ways. In fact, I'm sure that some of them should be explained that way. (0:47:59)

But if there's a core of reports that remains when these types of explanations are taken into account, then we need to consider more interesting possibilities. (0:48:10)


What about hoaxes? Could hoaxers or pranksters on the ground have started the craze and that it took off? Well, I'm absolutely certain that some of the 1890s airship reports were hoaxes. Human nature alone guarantees that that would be the case. People do hoax things, and so I consider it certain that some of the reports were hoaxes. (0:48:34)

Some hoaxers may have been inspired by the Jules Verne novel, and other hoaxers might have been inspired by the airship accounts they read in the newspapers. In particular, I suspect the more fantastic out-there reports are hoaxes. Just like if today someone claimed they saw a UFO and it landed and blonde humanoid aliens got out and said they were from the planet Venus, which in reality is a hell world and not likely to host humanoid life, and that they killed JFK... well, that's almost certainly a hoax. (0:49:07)

There's so much wrong with that story that it's not believable. And so I'm inclined to dismiss really wild 1890s airship reports as hoaxes. If a hoax is being perpetrated, then someone has to be responsible for it. Who is responsible for these hoaxes? Three possible candidates are ordinary citizens, railroad workers, and newspapermen. No doubt, at least once the airship reports started getting into the newspapers, some ordinary citizens decided it would be fun to make up their own airship story and tell it to the newspapers. (0:49:43)

When it comes to the origin of the phenomenon, though, it's been suggested that it was railroad workers who did it. This suggestion is based on the fact that a lot of the airship sightings were reported by railroad workers, like Patrick Burns, who we heard from earlier and who worked on the telegraph system for the Texas and Pacific Railroad. So it's been suggested that they were the origin or principal supporting cause of the hoax. And what do you make of this argument? I can't rule out that there were hoaxes by railroad employees, but I don't think it's a good overall explanation. (0:50:18)

First, railroad employees were not involved in the first reports that happened in California, in San Francisco and Sacramento during phase one. The phenomenon didn't originate along railroad lines, but by the airships being seen in cities. But phase two happened along the railroad lines. Could they have been responsible for that? Again, there might have been some hoaxes by railroad employees, but it isn't a good overall explanation. (0:50:48)

In the first place, there's a very good reason why railroad employees might see more airships than other people. I mean, suppose you're a clever inventor who's come up with an airship design and you're testing it, primarily with night flights over the middle of the country. How are you supposed to navigate? GPS doesn't exist, radar doesn't exist, radio beacons don't exist, and artificial lighting doesn't exist in the countryside. (0:51:13)

So between major cities, you're just looking down on big dark stretches of primarily undeveloped countryside. That would make nighttime navigation very difficult. But there is one thing that you could use to navigate. The railroads connecting towns. You can turn on your spotlight, at least periodically, and follow the rail lines for navigation. I mean, that would be an obvious thing to do. (0:51:48)

And so there is a perfectly sensible reason why railroad employees would see more airships than other people. Furthermore, railroad employees would be in a good position to report them, because the railroads were also telegraph lines. The railroad companies used telegraph lines along the tracks to communicate and manage the flow of passengers and freight. And when they weren't doing that, they rented out time on the telegraph lines to allow messages to be sent between different towns, such as newspaper stories. That's the origin of the phrase wire service. (0:52:21)

Newspaper organizations use telegraph wires to distribute their stories. So the railroads thus served as a kind of generation zero internet. So suppose that you're a railroad worker and you see an exciting airship while you're working the route between towns. Then when you pull into the station, there's a telegrapher right there and you tell him or a local reporter about what you saw. (0:52:49)


There are thus excellent reasons both for why railroad employees would see airships more frequently and why they would report them so often. Furthermore, it's been pointed out that there's another reason that the railroad hypothesis isn't a good general explanation, which is the fact that there were multiple different companies that owned the railroad lines. In his book, Solving the 1897 Airship Mystery, author Michael Busby writes, the numerous companies owning the railroad lines stretched across the nation precludes the possibility that far-spread telegraphers working for different employers could coordinate and weave such a convincing hoax and maintain it for a seven-month period. (0:53:35)

The railroad telegraphers were only reporting what they were asked to report, namely the airship stories as told by eyewitnesses and reporters. So the railroad hoax hypothesis isn't a good general explanation. What about the newspaper hoax hypothesis? 19th century newspapers sometimes printed fake stories to generate sales. Why couldn't we explain the airship sightings as just fake news? Again, this may be the correct explanation for some airship accounts, but it's not a general explanation, and there are several reasons for that. (0:54:10)

First, let's talk about newspaper hoaxes in general. Michael Busby writes, in the late 19th century, newspapers, typically large metropolitan papers, knowingly printed fake stories whose subjects were typically of some supposed scientific achievement or discovery. These hoax stories, generally quite detailed and seemingly factual, would require several weeks for their entire plot to be presented. These type of stories became known as serials. (0:54:39)

The reading public was never sure of the serial's veracity until the end of the last installment, when the author would expose the plot for the fiction it was. Such was entertainment before the age of the television. Was the great outpouring of airship stories in 1897 a series of newspaper hoaxes? When a newspaper ran a serial, it typically identified it as such at the end of the last installment. No newspaper ever identified any airship story as a serial, and many was the number of newspapers that ran airship stories across the West, Midwest, and Southwest. Most of these papers were small, locally owned and published papers. (0:55:17)

Doesn't seem probable that all of them would join together in one great hoax on the American public. Further, in his book The Great Airship of 1897, Alan Daniluk writes, it's a well-documented fact that even the largest and most respected newspapers of the era sometimes intentionally included humorous and entirely fictitious stories, from time to time, as a means of bringing some much-needed comic relief to the day's often gloomy economic and political news. (0:55:48)

While practical jokes were common, they were almost always clearly identified as such to the savvy reader, either by their light-hearted manner, their bizarre and obviously fanciful content, such as a jackalope invasion or accounts of fur-covered fish being pulled from a nearby lake, the time of year they ran, April 1st, or that the reporter was writing from an insane asylum, instantly giving the article's true comedic intent away, and making it obvious it was intended merely to amuse the reading public. (0:56:17)

The airship stories, in contrast, were seldom told in a light-hearted manner, but were normally presented quite matter-of-factly, often on the front page, where frivolous news stories never found space. (0:56:27)


Accounts of airships would also run for several days in a row, completely in contrast to light-hearted pieces, which were usually a once-only affair. In other words, the airship stories were treated as real news and not as mere filler, making the prospect that they were all a series of jokes that just got out of hand unlikely. Now, Busby and Danilek are airship researchers rather than journalism experts, so I decided to contact an actual journalism expert to see if their analysis on these points was correct. (0:56:59)

I contacted Professor Jim Mueller of the Mayburn School of Journalism at the University of North Texas, and he told me by email, "...in the nineteenth century there were fewer generally accepted practices than there are today. Newspapers were very individual and reflected the personalities of their publishers. But most would either identify the story as a hoax, or readers could figure it out from the context." So Busby and Danilek were correct. (0:57:29)

Fake stories usually would either be explicitly identified as such, or the reader would be given clues that would allow them to figure it out from the context, like when here on Mysterious World we do our April Fool's episodes. At the end of each episode, we always note that we're releasing them in connection with April 1st or April Fool's Day. But this is not how the airship stories were treated. They were not identified as fake, and they were presented as straight news stories, such as on the front page, where the context indicates straight news unless it's identified as something else. (0:58:13)

There are also other reasons why the newspaper hoax theory isn't a good general explanation. Busby further states, "...conspiracies are difficult to maintain when the number of conspirators is small and impossible to keep up when the number of participants exceeds more than two. It seems, in the heyday of the telegram, impossible for a great number of newspapers to hoax the public for over seven months." And Danilek states, "...spending hard-earned credentials on airship stories would have been risky for any owner or editor. (0:58:44)

Had the airships been exposed as a joke or one great hoax, such revelation would have hurt the paper's credibilities considerably, thereby diminishing its ability to use the power of the press to shape public perceptions and ultimately policy in the future. As such, the premise that the airship flap of 1896-97 was a byproduct of unscrupulous newspaper magnets appears to be most untenable. (0:59:14)

For a newspaper, especially a major one at that, to acquire reputation for printing nonsensical stories as fact was professional suicide, especially in an age where a large newspaper could make a politician's career with a single endorsement or destroy it with an unfavorable editorial. As such, editors and reporters took their responsibilities very seriously, cognizant of the fact that if they were caught printing erroneous stories as fact, not only would it hurt their reputations personally, but possibly damage the credibility of their employer. (0:59:47)

If a major city had more than one paper, this could even badly damage the discredited paper circulation, resulting in financial setbacks or even insolvency. (0:59:52)


And this brings us to a point that I'd like to make. Researchers have looked into the people named in the airship stories, and they've been able to verify that many were real people. As we've heard, I've done that myself for the accounts we heard earlier, and they included real people who were judges, attorneys, doctors, and rabbis. But if the stories were hoaxes by newspapermen, by printing stories implicating real people, they would be opening themselves up to charges of libel, and newspapers don't like getting sued for libel. (1:00:34)

Furthermore, printing hoaxed stories would open the papers up to additional competition from their competitors in cities and towns where there was more than one newspaper, which used to be a thing. If your rival newspaper is printing hoaxed airship stories and you can prove it, then you can score a large coup by pointing this out. All you need to do is talk with the real people named in the story and get them to say that the story was made up, that they never said those things. (1:01:04)

Or all you need to do is verify that the people named in the story don't exist in your town. And you can royally embarrass your rival paper by loudly trumpeting this fact in print. You can harm your rival and increase your own business by doing so. So that would be a double win. (1:01:23)

Yet, as far as I've discovered, that didn't happen with the airship stories. Some rival papers did mock the airship stories, but they mocked them on the basis of witnesses, arguing that the witnesses were drunk, crazy, slow-minded, or otherwise of unsound judgment. They did not mock the rival newspaper for knowingly printing false stories, at least not that I've seen. So it appears to me that the newspaper hoax is not a good general explanation. (1:01:48)

Some newspapers may have knowingly printed hoaxes, particularly in small areas that only had one local newspaper without much competition. But this won't do as a general explanation of the reports. The regular use of real, named, identifiable individuals guarantees that. What about the possibility that there was a physical basis to the hoax? Couldn't pranksters have sent up small balloons or Chinese lanterns that witnesses might have misidentified as airships? (1:02:19)

Alan Daniluk discusses this possibility in his book, writing, There does appear to be some evidence, mostly anecdotal in nature, that during the height of the airship controversy, some enterprising individuals, including, by some accounts, members of the press itself, took it upon themselves to test the public's gullibility by launching a handful of small hot-air balloons over various cities, to see if they would be reported as airships. (1:02:50)

Not surprisingly, many times they were, leading some skeptics to submit that proved the reports to be nothing more than hysterical or, at best, badly exaggerated accounts of simple but clever hoaxes. This explanation does carry some weight. Obviously, with interest in the airship's already high, any unusual light in the night sky was likely to be perceived as the mysterious vessel in question, especially if it was being pushed along by a fairly good breeze. (1:03:14)

However, if these pranks were real, they happened at the height of the airship controversy, that is, after the sightings were already well underway, when the public was already primed to interpret things they saw in the sky as one of the famous airships. This would not explain the origin of the reports, either in phase one in California, or when phase two began in an unsuspecting Midwest, when people did not have airships on the brain, and when they were not primed to interpret things in the sky as airships. So, it also is an inadequate general explanation. (1:03:52)

If there are some hoaxed stories, is there any way we can identify these? (1:03:57)


Yes, I think there are several ways. First, if an airship story involves elements that are really bizarre and unbelievable, then it's less likely to be authentic. Second, if an airship story deviates from the norm, if it's an outlier that doesn't fit the normal pattern, then it's less likely to be authentic. (1:04:23)

And third, if we look into it and we can't verify the existence of named individuals, then it's also less likely to be authentic. Those are at least some of the tests that we could use to identify stories that are hoaxes. If none of the theories that we've considered thus far are good general explanations for the reports, then that would indicate some people really were seeing airships. So, let's look at theories about what these airships would have been. (1:04:46)

Could they have been craft of extraterrestrial or interdimensional origin? This idea has become popular in the modern UFO community. In support of this idea, one might point to a number of things. First, some of the eyewitnesses described the airships as cigar-shaped and some of the UFOs that began to be sighted in the 20th century are also reported to be cigar-shaped. Second, the airships were sometimes described as having amazing flight characteristics that exceeded what other lighter-than-aircraft could do in the 19th century. (1:05:21)

And one of the distinguishing features of UFOs today is the unusual unduplicatable flight characteristics they display. Third, when some people reported encountering the crews of the airships, they sometimes said that they had unusual accents or exhibited unusual behaviors, which could suggest that they weren't from these parts. Fourth, some newspapers suggested that they might be coming from Mars or another planet in the solar system. (1:05:56)

And fifth, there is one report of a crashed airship whose pilot's burned remains were found, and the pilot was described to be not an inhabitant of this world. What do you think about these arguments? None of them make the extraterrestrial hypothesis a good general explanation. First, when it comes to the craft being cigar-shaped, well, so were the dirigibles of the day, and so were later ones like the Hindenburg or the Goodyear blimp. (1:06:23)

The cigar shape is a good one if you want to pierce the air in front of the craft and have it fly in a particular direction. That's also why airplanes are cigar-shaped. So the shape is equally consistent with them being terrestrial craft. Second, when it comes to them having unusual flight characteristics, they may have been surprising for the day, but they are hardly what we would expect from an extraterrestrial craft. (1:06:56)

I mean, we're only talking about speeds between 100 and 200 miles per hour, and a sports car can get into that range. In the first place, these accounts may be wrong, and the speeds may be exaggerated. But in the second place, that speed is nothing compared to a modern airplane, much less a UFO. Alan Danilek comments, while the airships may have displayed a technological sophistication unusual for the late 19th century, they did not display a level of technology that would impress us here in the 21st century. (1:07:27)

In other words, they didn't seem to have been futuristic or UFO-like enough to have been extraterrestrial, at least according to current expectations. Whereas modern UFOs display all types of fantastic capabilities, from acceleration rates of 40 Gs to making 90 degree turns impossible to duplicate with modern aircraft, the 1896 airships displayed none of these characteristics. Instead, they were almost consistently slow and ponderous things with speeds that ranged from 10 to 30 miles an hour. (1:07:58)

While there are a few reports of them accelerating to 100 miles an hour, these were most likely wild guesses, especially likely considering how difficult it is to estimate an aircraft's speed from the ground, especially when observers of that era lacked any context within which to even hazard a guess. (1:08:20)

Considering that this was a time when the fastest a human could travel by locomotive was around 60 miles per hour, even a fairly leisurely pace was likely to be blown wildly out of proportion to someone from that era. The craft were also rarely reported as making sudden turns or performing any of the types of maneuvers normally associated with UFOs, which would seem to be unusual for a craft presumably advanced enough to traverse the vast expanses of interstellar space required to reach our solar system. (1:08:49)

In fact, if anything, they appeared barely under control, again, very un-UFO-like. In other words, if the airships of 1896-97 were extraterrestrial visitors, they displayed a stunningly unimpressive show of technology. Third, the unusual accents and behaviors that members of the airship crews were sometimes reported to have could be explained by the fact that they really were aliens, meaning aliens to the United States, people from other countries here on Earth, or foreigners. (1:09:25)

In the 19th century, America was not yet the global scientific powerhouse that it would come to be after World War II. Lots of scientists and inventors were from Europe, and there was lots of immigration from Europe in the 19th century. So, whoever invented the airships could have been a European or some other kind of foreigner with a strange accent and strange behavior, even if those reports are accurate. (1:09:57)

Fourth, there were only a few newspapers that speculated that the airships might be from Mars or another planet in the solar system. Most newspapers, like most people, interpreted the airships as purely human inventions that were manned by humans, and speculations to the contrary were just that, speculations, and speculations are not evidence. (1:10:16)


Further, we now know that Mars and the other planets of the solar system do not harbor human-like life. If they were extraterrestrial, they could have been from further away than the solar system. What about the fifth argument, that after an airship crash, the pilot's burned remains revealed that he was not an inhabitant of this world? That case was based in the small Texas town of Aurora, north of the Dallas-Fort Worth area, and we'll be talking about it specifically in a future episode. (1:10:50)

But if that statement about the pilot is true, then this case is an outlier. In case after case, the crews of the airships were reported to be humans. That was the overwhelming consensus of the people who claimed to interact with them, like telegraph repairman Patrick Burns, Rabbi Levy, and Constable John J. Sumter and Deputy Sheriff John McLemore. They all indicated that they were talking with normal human beings. (1:11:23)

Now, I can't eliminate the possibility that there were extraterrestrial craft visiting Earth in the 1890s, and maybe the 1897 Aurora crash was an early predecessor of the 1947 Roswell crash 50 years later. And you can go back and listen to episode 49 to get my current view of what likely happened at Roswell. But Aurora is an outlier that will not serve as a general explanation of the airship reports. (1:11:49)

The overwhelming consensus is that the crews were human. Could they have been crypto terrestrials? Humans from a hidden civilization here on Earth? We'll have a future episode discussing crypto terrestrials and there is one account that would suggest that that's what the airship crews were. It was printed in the April 19th 1897 edition of the Dallas Morning News and it stated, A judge sees it. (1:12:20)

The curious effect of Chambers Creek Water. Waxahachie, Ellis County, Texas. April 18th. The news reporter has had an interview with Judge Love of this city concerning the mysterious airship which has been puzzling the minds of many Texans. A rumor having gained currency that it had been seen by him, the news reporter called at his office in quest of further information. Judge Love said, Mr. Beatty and myself were on a fishing tour of Chambers Creek near the mouth of Great House Ranch yesterday. (1:12:50)

April 17th. The wind was in the north and we were having very little success. About 5.30 or 6 o'clock in the afternoon, we decided to go further down the creek. About 600 yards from the mouth of Great House Ranch, Mr. Beatty was slightly in advance and I heard him say, My God, what is that? When I struggled through the underneath to him, he pointed to the left and there in a ravine was a group of five peculiarly dressed men and resting on the bank by them was a queer-looking machine from which the sketches and descriptions heretofore published in the news, we decided must be the airship. (1:13:24)

The men were taking their ease, stretched out full length on some furs and they were smoking pipes. We with some trepidation advanced upon them. When they saw us, they appeared somewhat disconcerted, but one of them in fairly good English called to us, Come and join us. We advanced and after mutual introductions had taken place, I asked if that was the famous airship. (1:13:47)

The man who had first called to us and who appeared to be the leader of the party said, That is one of the airships. Would you like to examine it? The vessel or airship is 32 feet long and in the center is 14 feet wide, sloping gradually toward each other like a Mexican cigar. (1:14:05)

It has three pairs of wings. Each is like the wings of a bird. They are ribbed fore and aft and are covered so that the stream of air can have its full lifting capacity somewhat after the manner of the wings of the kite sent up by Lampson in Rigsby Park. The airship contained machinery by which the wings can be worked or flapped very rapidly and by means of a lever, the ship can be turned to any direction or made to ascend or descend at will of the helmsman. (1:14:32)

The ship is fitted for the accommodation of its crew containing bunks, cooking department, gasoline stove, and other conveniences. We were told by the aerial navigators that this airship was capable of a speed of 250 miles an hour, but that its normal rate of speed was from 125 to 150 miles an hour. On evincing a desire to hear whence they came and how long they had been navigating the air, their leader produced pipes and a sack of excellent tobacco and asked us to make ourselves comfortable while he proceeded to enlighten us. (1:15:04)

We, he said, live in the regions of the North Pole. Contrary to the general belief, there is a large body of land beyond the polar area containing about 250 square miles of territory. The first time this land was visited by human beings, so far as we know, was when the ten tribes of Israel found their way there after the captivity and dispersion of the Jews. According to tradition, they were attempting to cross the Bering Straits and were carried by a floating iceberg and landed on the shores of North Pole land. (1:15:37)

The climate there, while at the time cold, was prevented from being uninhabitable by the influence of the Gulf Stream, which, after flowing for hundreds of miles many fathoms under the surface of the sea in that region, came to the surface and flows entirely around the continent of North Pole. You wonder how I speak English? Well, the polar expedition of Sir Hugh Willoughby in 1553, who with his crew was supposed to have been lost, as a matter of fact succeeded in reaching North Pole land. (1:16:06)

The ship had been so wrecked and broken up by the voyage that Sir Willoughby and his crew were unwilling to risk a return trip, therefore they remained at North Pole land. In the early part of 1846, Sir John Franklin's crew reached North Pole land, Sir John having died near what is now called Lady Franklin Bay. Sir John's crew remained as to return was impossible, the ship being crushed between two icebergs a hundred miles from North Pole land to which they went in boats. (1:16:37)

In addition to the foregoing, various parties in the United States and Europe have from time to time reached this land in a hopeless condition. How do you manage to live? Well, we have a splendid country now. You know how buildings are heated by steam? Well, we have pipes through which steam is conveyed all over the inhabitable part of the country, and the soil is kept at such a temperature that we can produce all the fruits of the temperate zone and some of the fruits of the tropics. (1:17:03)

The country is lighted by electricity during the six months' night. We have no timber and no coals. Water, as you know, is composed of two parts of hydrogen and one part oxygen. The oxygen burns very rapidly, giving off great heat. (1:17:14)


Now, by means of a chemical process, we take an iceberg, separate the hydrogen from the oxygen, and use the latter for fuel and lights. For lack of timber, we cannot build ships or trains, therefore we were led to the invention of the airship. We have been using the airships in the North Pole land for many years for local travel, but not until recently have we made the experiment of taking such trips as the one we are on now. (1:17:40)

On the first day of January, the Historical Society of North Pole Land decided to send out a number of airships throughout the United States and Europe. Twenty airships were ordered built expressly for the purpose, with a capacity of five men each. On the first day of March, 1897, ten of these ships were started to Europe and ten to America. There are ten ships in the United States. We have guns and fishing tackle, and the speed with which we go enables us to take any game we can sight. (1:18:07)

By agreement, the ten ships in the United States will meet in Nashville, Tennessee, to attend the Centennial Exposition on June 18 and 19, and the ships will be on exhibition for those two days, free of charge. About a hundred miles north of here, we had to descend and saw one of your trains go by. They are very curious things, but go so slow. Now we must be going. Judge Love continued. (1:18:31)

We then shook hands with the crew, and they stepped into their ship, rose in the air, and started toward Waco. The description of the ship I have given you is a very meager one, but you can all go to the Nashville Exposition, June 18 and 19, and see for yourselves. Now, I think that this is an awesome story. It's really entertaining, but I'm afraid that's all it is, a story. (1:19:00)

There are multiple problems with it. To go back to the three criteria we named earlier for spotting hoaxes, well, first, this story contains bizarre things that are hard to believe. There is the crypto-terrestrial civilization itself, though we will be discussing that possibility in a future episode. However, we've now mapped the entire globe, and there is no continent at the North Pole to be warmed by the Gulf Stream. And we don't have any evidence of the existence of a North Pole Land like the one described in this story. (1:19:30)

Then there's the fact that these guys from North Pole Land are pipe smokers who have excellent tobacco, which is unlikely to be the case, as tobacco pipe smoking is a custom that originated in the Americas. It only gradually spread to Europe, and the polar explorers who arrived in North Pole Land are unlikely to have brought cultivatable tobacco plants or seeds with them. Second, this story is an outlier. (1:20:15)

It doesn't fit the pattern of other airship stories reported by eyewitnesses, and that makes it less likely to be true. So all that makes the crypto-terrestrial story reported in this account seem very unlikely. But I have seen one attempt to rescue the basic account itself. Michael Busby regards the basic story as true, that Judge Love really did encounter an airship and speak with the crew. (1:20:42)

But he thinks that the whole North Pole Land story was a lie, that the crew told Judge Love to throw people off so they wouldn't realize the true origins of the airship and possibly learn how to copy it. Does he have any evidence to support this view? He does. He bases it on the fact that the leader of the airship said that he would be displaying an airship at the Tennessee Centennial Convention. Tennessee was admitted to the Union in June of 1796, and they were closing out the 100th year of statehood in June of 1897 with a centennial exposition in Nashville. Busby notes that an inventor did contact the centennial exposition and say he would like to display and fly an airship there, which we'll discuss later. (1:21:38)

But the claim of this gentleman wasn't unique. That still seems fairly weak evidence. The Tennessee Centennial was a popularly known event at the time, and it could have just been coincidence. Do you see any reasons to doubt the idea that what Judge Love said he was told was true, even if the airship captain lied to him? Initially, yes. (1:21:55)

And it goes back to the third criterion we mentioned for spotting hoaxes, the inability to verify the existence of an individual named in the story. Now, for an ordinary citizen, that could involve a lot of research, such as looking up census records, and even then you might not find him. But Judge Love would be a judge, a public figure. (1:22:19)

He would have ruled on court cases that would be discussed in newspapers, so he should leave a larger footprint and should be mentioned in newspapers of the period. (1:22:25)


Now, this article tells us where Judge Love lived. It said he was of this city, and the dateline of the story is in Waxahachie, Texas. The article does not tell us Judge Love's first name or initial, and that's rather suspicious, since unless he was very famous, the readers of the Dallas Morning News in Dallas might not know who he was if you just said Judge Love. But other people mentioned in the airship stories in the Dallas Morning News, you know, typically get either first names or initials, but Judge Love didn't, which might be a clue that he's an invented figure or or that he was a famous judge at the time. (1:23:15)

Well, he certainly wasn't famous. I searched the archives of the Dallas Morning News for the phrase Judge Love and wasn't able to find any references to him, so I broadened the search and checked newspapers.com for the 1890s for references to Judge Love and Waxahachie. I also found no references. And I broadened the search still further and used Google to search for Judge Love and Waxahachie and initially found nothing. (1:23:43)

But then I did. After a lot of searching, I eventually discovered who Judge Love was. His name was Albert L. Love, and I even found a picture of him. I also discovered why he wasn't famous as a judge at this time. I discovered that he had only been appointed a judge less than a month after he had been an attorney in Waxahachie and he had been appointed as a judge to fill a special term in the district court on March 17, 1897. So he had only been a judge for a month at the time the story came out in the Dallas Morning News on April 19. That's one reason it was hard to initially find records of him online. (1:24:36)

He had only just been appointed as a judge for a brand new special term. This discovery forced me to reevaluate my attitude towards the story. Having an actual verifiable judge telling it is a big deal, especially for brand new judges whose reputation is very much on the line. Judges are prestigious figures for whom public reputation for honesty and truthfulness is a really big deal. (1:25:05)

So based on the evidence, I had to change my view on this account. I now suspect that Busby is right and the encounter may have happened. Judge Love really did encounter an airship and speak with the leader of the pipe-smoking crew, but I don't believe the North Poleland story for a minute. So I also have to agree with Busby that this would have been a lie on the part of the leader of the airship that he told to Judge Love. It thus sounds like we have good evidence that the people behind the airships were ordinary human beings. What can we say about them? (1:25:37)

Well, that's a bigger question than we can deal with today, so this will be our cliffhanger for the next episode. Next time, we'll look more closely at particular airship reports that may give us clues about the identity of the mystery airship builders, who they were, why the airship reports ended so suddenly, and whether they may have been connected to a secret government program. (1:26:04)

So, Jimmy, for now, do you have a preliminary bottom line for us? (1:26:08)


The mystery airships of 1896 and 1897 are a fascinating phenomenon. The stories themselves are interesting, and when we look at what could explain the stories, we likely are looking at multiple causes. However, it's fairly easy to show that while many of the proposed explanations may have been true in some cases, they are not good general explanations for the overall phenomenon. We can't simply explain it away by saying that people were misidentifying things like meteors, fireballs, comets, and the planet Venus. We can't explain it away as just based on hoaxes by ordinary people, railroad workers, newspapermen, or pranksters. (1:26:53)

The evidence suggests that people really were seeing something like airships in the sky, but despite the claims in the UFO community, we do not have good evidence that they were extraterrestrial or interdimensional in nature. Neither do we have good evidence that they were from a crypto-terrestrial civilization. The evidence supports them being terrestrial craft built by human beings. So the question is, who built them? Jimmy, what further resources can we offer? (1:27:22)

We'll have links to Michael Busby's book, Solving the 1897 Airship Mystery, and J. Allen Daniluk's book, The Great Airship of 1897. Also, Carlos Allende's book, Close Encounters of the Phantom Kind, The Ghost Airship Wave of 1896-97, in the news. Also, a link to a video lecture on the UFO sightings of 1897 in Arkansas, information about Jules Verne's novel, Robert the Conqueror, information about Judge Albert L. Love, and the appointment of Judge Love. All right, that's it from us for this time, then. (1:28:05)

What are your theories about the 1890s mystery airships? You can let us know by visiting sqpn.com or the Jimmy Akins Mysterious World Facebook page, sending us an email to feedback at mysterious.fm, sending a tweet to at mys underscore world, or visiting the StarQuest Discord community at sqpn.com slash discord, or calling our mysterious feedback line at 619-738-4515. That's 619-738-4515. And I want to say a special word of thanks to Oasis Studio 7 for the video and animation work they did on this episode. (1:28:45)

They're available for hire for your video and animation needs, so check out their work. You can do that by going to my YouTube channel at youtube.com slash, Jimmy Akin, where we have the video version of Jimmy Akin's Mysterious World, and you can see how much the video element adds to it. Also, while you're there, I am trying to grow my channel, and we're trying to get up at the time of recording to 50,000 subscribers, so I'd really appreciate it if you'd subscribe, and also hit the bell notification so that you always get notified whenever I have a new video, whether it's for Jimmy Akin's Mysterious World or one of the other videos I do. (1:29:23)

Also, be sure to like and comment on the videos, because that tells the YouTube algorithm that you liked it and interacted with it, and therefore it would be interesting to other people, too, and it'll show it to them, so you can help the show grow and reach more people by liking, commenting, and subscribing. (1:29:37)


I also want to say a special thanks to Professor Jim Mueller of the Mayborn School of Journalism at the University of North Texas for helping clarify a point about how newspapers ran stories of less than full accuracy at the time and how they signaled their readers when this was the case. Jimmy, what's our next episode going to be about? Well, next episode is part two, so we'll be looking at the airship phenomenon more closely and seeing if we can identify who was responsible for the mystery airships, why the sightings ended so suddenly, and whether they may have been connected to a secret government program. Folks, be sure to share the podcast with your friends and write a review in Apple Podcasts or wherever you can write reviews of podcasts to help us grow our community and reach more listeners. (1:30:31)

You can find links to Jimmy's resources from our discussion on our show notes at www.mysterious.fm. And remember, to help us continue to produce the podcast, please visit www.sqpn.com. Jimmy Akin's Mysterious World is also brought to you by www.delivercontacts.com, offering contact lenses at low prices with free delivery. Visit www.delivercontacts.com. Jimmy Akin's Mysterious World is also brought to you in part by Rosary Army, featuring award-winning Catholic podcasts, rosary resources, videos, and the School of Mary online community, prayer, and learning platform. (1:31:14)

Learn how to make them, pray them, and give them away while growing in your faith at rosaryarmy.com and schoolofmary.com. And by Tim Shevlin's Personal Fitness Training for Catholics, providing spiritual and physical wellness programs and daily accountability check-ins. Strengthen yourself to help further God's kingdom. Work out for the right reason with the right mindset. Learn more by visiting www.fitcatholics.com. Until next time, Jimmy Akin, thank you for exploring with us our Mysterious World. Thanks Dom. And once again, I'm Dom Bethinelli. Thank you for listening to Jimmy Akin's Mysterious World on StarQuest. (1:31:52)

(2024-12-26)