Gareth J. Medway : UFO との遭遇に付随する "High Strangeness"(著しい怪異)
前置き
UFO 絡みで "High Strangeness" という表現が頻繁に用いられる。日本の民俗学などでは「怪異」という用語が一般的なので、和訳すると「著しい怪異」といった表現に相当する。
その "High Strangeness" の具体例を解説した記事とその和訳を記録しておく。
原文は長文だが、初耳の事例が幾つも記載されており、参考になる。
コメント
こういった
- UFO との遭遇に付随する "High Strangeness"(著しい怪異)
の本質は「意識変容性の怪異」だと私は判断している。
つまり、客観的な怪異現象が発生している事例は稀で、大半は一時的な意識障害が生み出した
- 「変容した主観意識」の歪んだ認知が外部投影された結果としての怪異現象
だと判断している。
「変容した主観意識」(ASC: Altered State of Consciousness)であるがゆえに、
- missing-time, abduction, MIB, BEK, 妖精/Bigfoot/犬人間/ET との遭遇、『山怪』的現象、…等々
を体験するのであって、「変性意識状態」を 持て囃すトランス・パーソナル心理学などは(能書きは麗々しいがその実態は)かなり逸脱・倒錯していると私は判断している。
出典
MAGONIA ARCHIVE: Curiouser and Curiouser: ‘High Strangeness’ UFO Encounters https://magoniamagazine.blogspot.com/2014/02/strangeness.html
DeepL(2024-07 model)
好奇心をそそる「ハイ・ストレンジネス」UFOとの遭遇 ガレス・J・メドウェイ 『マゴニア』97号 2008年4月
「ハイ・ストレンジネス」とは、目撃者が単に謎の光や宇宙船かもしれない未知の物体を目撃したと主張するだけでなく、その後、家でポルターガイストが発生したり、奇妙な電話がかかってきたり、「メン・イン・ブラック」が訪ねてきたりするなど、さまざまな異常なことが起こったと語るUFO事件を指す。
主流のUFO本にはあまり書かれていないが、ジョン・キールやジャック・ヴァレといった作家の作品には詳しく書かれている。あまり取り上げられることのない疑問は、これらの事例は異常なのか、それとも典型的なものなのか、ということである。
もし怪奇性の高い事例が例外的なものであるならば、なぜこのような少数派の目撃者が、ジョン・キールのような数少ない調査者に体験を報告するのだろうか?ほとんど の目撃証言は調査員の手によって私たちの手元に届くので、調査員の多くはMIBのような好ましくない詳細は話の信憑性を損なうとして編集する傾向がある。もしそうなら、この検閲の証拠を見つけることができるはずだ。
そもそも、上記の著者が意図的に最も奇妙なケースを選んで出版していると考える理由はない。それどころか、1973年10月の波の中でのインタビューで、キールはこう語っている: 「数年前、野原で我々の宇宙モジュールにそっくりで、側面に 「US Air Force 」と印刷された物体を見たという2人の若者と話したことがある。しかしもちろん、我々の宇宙モジュールがニュージャージーの野原に浮かんでいるわけがない。UFOマニアでさえ信じないだろうから、記事にはしなかった」。
ハドソン渓谷の怪奇現象について書かれたインブローグノとホリガンの『コンタクト・オブ・ザ・フィフス・カインド』では、インブローグノがアレン・ハイネックと共著した以前の本で、アブダクションについての言及を避けていたことに触れている: 「ハイネック博士は、UFOの報告は、アブダクションの話題を議論に加えなくても、十分に信じがたいものだと感じていた。
1997年3月8日未明、フォークストン・ヘラルド紙のジャーナリスト、サラ・ホールが車で帰宅中、謎の三角形を目撃した。この出来事は、トリーの政治家マイケル・ハワードの家の近くで起こったというだけで、全国的に有名になった。後に、今は亡き[英国]UFOマガジンの最終号に、スチュアート・ミラーとクリス・ロルフによる長い記事が掲載された。図版の中には、ホールのオリジナルの「目撃証言」の複製があり、そこには 目撃の約15分前からこう書かれていた: 「道路を下っているとき、本当に奇妙な感じがした。帰り道、本当に肩越しに見ていた。ちょっと怖くて、とにかく変な感じだった」。
しかし、この詳細については、記事自体にはどこにも触れられていない。著者の仮説は、その根拠が私には理解できないのだが、彼女が見たものは地球産のものであったが、起源が特定されていない「バック・エンジニアリング」されたエイリアンの技術に基づいていた、というものであった。さて、極秘の実験用飛行機を偶然目撃した人が、目撃前に「本当に奇妙だ」と感じる理由はない。彼らがこれを無視したのは、まさにそれが自分たちの仮説に合致しなかったからではないか、と疑いたくなる。UFO事件の大部分では、目撃者自身の言葉は得られず、調査員の解釈だけが得られるのだ。
リチャード・トンプソンによれば、「...ヒルズ夫妻がニューハンプシャーの寂しい道で接近遭遇した後、彼らは家でポルターガイスト現象を経験し始めた。ベティはコートをクローゼットにしまっておいたにもかかわらず、リビングルームの床に無造作に捨てられているのを見つける。時計が不思議なことに止まったり始まったり、時間の設定が変わったりした。誰もいないのに水道の蛇口(水栓)が開いたり、電化製品が壊れても修理せずに完璧に動いたりする。もっと平凡なレベルでは、ベティ・ヒルもUFO体験後、何度も尾行され、アパートに押し入られ、電話を盗聴されたと報告している。
もちろん、フラーの『中断された旅』にも、私が目にしたこの事件に関する無数の論考にも、これらのことについては何も書かれていな い。ヒルズ族に起こったことはすべて平凡に説明できると主張するのであれば、ポルターガイストのようなものを持ち込んでも、かえって難しくなるだけだろう。
1952年4月、コネチカット州ブリッジポートのアルバート・K・ベンダーは、国際空飛ぶ円盤ビューローを設立した。この壮大な肩書きは正当なものであることが証明され、彼らはすぐに連邦の10以上の州だけでなく、カナダ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドにも代表者を持つようになった。しかし、ベンダーはわずか1年半でこの組織を閉鎖し、季刊誌『スペース・レビュー』の最終号で「空飛ぶ円盤の謎はもはや謎ではない。空飛ぶ円盤の謎はもはや謎ではない。その出所はすでに知られているが、上層部からの命令で、それに関する情報は一切隠されている。
3年後、グレイ・バーカーは『空飛ぶ円盤について知りすぎていた』(They Knew Too Much About Flying Saucers)の中で、ベンダーが黒っぽいスーツを着た3人の男の訪問を受けたと述べていたことを明らかにした。しかし、困惑した2人の同僚にインタビューされたとき、彼はそれ以上何も語らず、ほとんどの質問にこう答えただけだった: 「答えられない」とだけ答えた。
その意味するところは、彼が「真実」を発見したために沈黙させられたということだった。ほとんどのUFO研究家は、ベンダーが発見した「真実」が自分の持論とぴったり一致すると思い込んでいたのではないだろうか。これまで語られてきたように、空飛ぶ円盤はアメリカの秘密発明であり、国家安全保障のために当局がベンダーに口止めを要請したという仮説と大筋で一致していたのである。
同 じ頃、地球の裏側では、オーストラリアの空飛ぶ円盤局がエドガー・ジャロルドによって閉鎖された。ニュージーランドの調査官ジョン・スチュアートは、「別の惑星から来た」と名乗る声から電話を受け、「お前には関係ないことに干渉するな!」と言われた。それから間もなく、彼の家では、誰もいないのに足音がしたり、物が勝手に動いたりと、典型的な祟りの兆候が現れた。最後に、彼の秘書が巨大な毛むくじゃらの怪物に体当たりされ、それ以来、彼はUFO研究を放棄したと後に語っている。
ALBERT BENDER 1962年、ベンダーは『空飛ぶ円盤と三人の男』という本で沈黙を破った。彼は、自宅でポルターガイストの活動を経験し始めたと書いている。例えば、ラジオが勝手にスイッチを入れたり、硫黄の焼ける臭いを伴ったりした。そして1953年3月15日、彼はテレパシーで「惑星間航行船の乗員」とコンタクトを試みた。その結果、彼が期待していたような「我々は平和のために来た」というメッセージは届かず、代わりに声がした。もし逆らうなら、われわれは姿を現すだろう "と言った。彼はその時、この体験を書き留めたが、その報告書は不思議なことに鍵のかかった箱から消えてしまった。
彼らは目が「懐中電灯の電球のように」光ったことを除けば「聖職者のように」見え、彼の寝室に現れ、彼らが政府の人間ではなく宇宙人そのものであることを明らかにした。彼らは私たちの間を気づかれずに通り抜けられるように人間の体を取っていたが(目が光っていることを除けば!)、本当の姿は恐ろしい怪物だった。
彼らは何度か彼を南極大陸の秘密の地下基地にテレポートさせ、何光年も離れた惑星から来たと告げた。彼らは海水からある化学物質を抽出する目的で地球を訪れており、邪魔されることは望んでいなかった。実際、彼が健康でいられるように、基地を最後に訪れたとき、3人の美しい女性たちから特別な全身マッサージを受けたが、彼女たちは実際には恐ろしい怪物だったと思われる。
ベンダーは、自分が話せるようになったのは1960年にソーサリアンたちが去ったからだと述べているが、UFOが目撃されなくなったわけではない。しかし、彼の本がほとんど無視されたのは、そのためではなく、彼らが聞きたいことを誰も語らなかったからだろう。この本が明らかに 「ゴーストライター 」によるものであることに気づこうとする人はあまりいなかった。
この話が引用される場合、たいていはバーカーのより信頼できるバージョンである。例えば、1974年、ブリンズリー・ル・ポア・トレンチは『時代の秘密』の中で、地球は空洞であり、UFOは内部からやってくると主張した。彼は、ベンダーが発見したのは、地球は空洞であり、UFOは内部からやってくると示唆した。
MIBとして知られるメン・イン・ブラックの報告は、より一般的になり、国防総省の関心を引き起こした。しかし、起訴されることはなかった。このような事件の少なくともいくつかは、急性パラノイアの結果であると説明することは可能かもしれないが、黙って見過ごす方が簡単である。
マリアという若い女性が1990年代初頭に何度かBUFORAで講演した。何を話したかメモをなくしてしまったが、記憶によれば、彼女はミッドランドの寄宿制修道院に通っていた。ある夜、夜中に目が覚めて窓の外を見ると、テニスコートの横に光る物体があった。
その後数日間、彼女にはさまざまなことが起こったが、それらは最初の出来事と因果関係があるように思われた: ある昼休み、彼女はコーヒーを金属製のスプーンでかき混ぜたが、スプーンを取り出すとユリ・ゲラー風に曲がっていた; ある昼食時、彼女はコーヒーを金属製のスプーンでかき混ぜたが、スプーンを取り出すとユリ・ゲラー風に曲がっていた。田舎を散歩していると、切断された鹿の死体とすれ違った。その名は偶然にもミセス・ブラックだった。砂利敷きの前庭を横切る音もなく、謎めいた黒い車で去っていった。マリアはBUFORAの取材に2度応じ、何人かのインタビューを受けたと思う。
例えば『The Unexplained』に何度か掲載されたことのある、ハーバート・ホプキンス博士の報告は、1976年にUFO目撃者に催眠術をかけ、彼が自分の体験を思い出すのを助けたというものだ。その後、ニュージャージーUFO研究機関(そんな機関は存在しない)と名乗る黒いスーツに身を包んだ無毛の男(眉毛すらない)がホプキンスを訪れ、コインを消し去り、最近亡くなった地元のUFO目撃者のことを知らないかと鋭く尋ね、セッションのテープを破棄するよう要求した。ホプキンスは、そうしなければコインの二の舞になることを恐れたのか、それに応じた。
ホプキンスが調査していた遭遇について語る著者はそれほど多くない。1975年10月のある朝3時、グレン・グレイという友人とドライブに出かけた。マイル走ったところで、運転していたグレイが車のコントロールを失い、車は荒れた道を走ったが、信じられないことに、信じられないスピードで、2分間 で5マイルを走った。グレイの運転する車は荒れた軌道を下っていったが、信じられないようなスピードで進み、2分で5マイルを走破した。車は野原に止まり、そこで明るい光を放つ円筒形の物体がホバリングしているのを目撃した。
グレイは車のコントロールを取り戻し、急いで車を走らせたが、物体は後を追ってきた。エンジンをかけることもできず、二人は座って、さらに光る物体が飛び交うのを見ていた。近くの池から「海の大きさに成長した」ような濃い霧が発生し、車を飲み込んだ。その後、驚くべきことにモーターが再始動し、2人はその場を立ち去ることができた。[数日後、2人の地元のUFO研究家が彼らに話を聞いた: 「スティーブンとグレイは、彼らのトレーラーハウスの屋根を誰か(または何か)が横切って歩いたこと、二人とも突然の極度の疲労感に襲われたこと、二人とも雪の結晶や黒い立方体や球体が空から壁を突き破って飛んでくるのを見たこと、テレビの上の空中に'金色のワイヤー'が現れたこと、グレイだけに聞こえる実体のない声が'U-F-O'という文字を発音したこと、などである。
マイク・ダッシュは、この話を伝える用意があった著者の一人であるが、「この事件はUFO学界でもあまり議論されることはなく、ほとんどの研究者がUFOの証拠として挙げるような一握りの『古典的な事件』に含めるには、あまりにも奇妙であることは確かである」と指摘している。しかし、この事件には、このような古典的な事件とありふれた報告とを区別する重要な要素がほとんどすべて含まれている」。言い換えれば、一般人には非常に奇妙に見えるが、ひとたびこの問題を 何年も研究すれば、「UFO報告のより詳細なハードコアのかなり代表的なものと考えられる 」ということである。
ブラードのデータは、アブダクションの研究者から得たものであり、アブダクションの研究者にとっては重要であるが、アブダクションの研究者にとっては重要ではないということである: このタイトルから期待されるような内容を持つこの本は、ほとんどのアブダクション体験者の本が、無名の黒いヘリコプターに尾行され、監視されたと書いているのに対し、トーマス・ブラードが行った270件のアブダクションの研究では、黒いヘリコプターは4件にしか登場していない。
その理由は、ブラードのデータがアブダクションの研究者から得たものであり、アブダクションの研究者にとっては黒いヘリコプターは重要であるが、アブダクションの研究者にとっては重要でないからである。バド・ホプキンスは、人々がエイリアンに拾われ、遺伝子実験されるのは普通のことだと考えていたが、明らかに黒いヘリコプターは少し無茶すぎると感じ、「キャティ・デイヴィス」(デビー・ジョーダン)の不運な冒険を描いた『侵入者』では省いている。それでも、3人の謎の男(青い服を着ていたが)の訪問や、デビーが第2子を妊娠していたとき、毎週水曜日の午後に訳のわからない宇宙人の声から電話がかかってくるなど、奇妙な出来事もいくつか含まれていた。
いつもではないが、ヘリが音を立てないことがあり、そのため幻のヘリとして知られている。ベティ・アンドレアソンの夫が撮影した写真をベックリーは紹介しているが、写真から無音か騒音か、あるいは本物のヘリコプターと区別することは明らかに不可能である。
ジョン・キールはしばしば謎のビープ音に言及する。ビープ音は標準的な 「交戦中 」のトーンなので、それ自体は奇妙なことではないが、電話が鳴って出てみるとビープ音しか聞こえないというのは、明らかに何かが間違っている。(ある水曜日の午後、私自身このような電話が2回かかってきたことがある。そのとき私はUFO目撃者のインタビューテープをテープ起こししていたのだが、おそらく偶然だろう!) しかし、奇妙な物体が頭上を飛ぶのを見た後、「突然、大きな無線信号を聞いた......ドットとダッシュの連続だった」という女性のケースを、電話網の欠陥で説明することはできない。
フィル・クラスがニューメキシコ州ソコロの事件の警察官ロニー・ザモラにインタビューしたとき、彼はその物体の音は「ピー......ピー......ピー......ピー......」と言ったが、近くに住んでいた夫婦には何も聞こえなかった。クラスは最初の本(彼はUFOはまれな自然現象であると主張し、この事件がデマであるという結論に達する前に書かれた)でこのことに触れたが、私が発見した限りでは、レイ・スタンフォードでさえ、この目撃についての本でこのことに触れた者はいない。
例えば、陰謀論者であり、すべての不可解な現象はCIAのマインドコントロール実験の副産物であると考える『サイキック独裁国家アメリカ』の著者、アレックス・コンスタンティンが引用したケースである。1994年、カリフォルニアのジャーナリスト、デイブ・ガーデッタは、いわゆる回復された記憶は実際には虚偽の記憶であり、これがエイリアン・アブダクションの本当の原因であると主 張する心理学者、リチャード・オフシェにインタビューした。
ところが数日後、ガーデッタは「手のひらに三角形の発疹を発見して」目を覚ました。これは一般にアブダクションの症状と考えられている(しかし、典型的な悪魔の幼児虐待の被害者であるミシェル・スミスにも起こったことで、彼女の精神科医で後に夫となるローレンス・パズダーは、彼女の試練の「身体記憶」として説明している:「......彼女はサタンがその燃える尻尾を首に巻きつけていた瞬間を思い出すたびに、尻尾のスペードのような先端の形をした、はっきりとした発疹が現れた」)。
ガーデッタはこう書いている。半農村地帯の丘の上にあるこの家の周囲は、奇妙なことになっていた。午後になると、ジェットウォッシュのような騒音が家の周囲で鳴り響いた。照明は勝手に点灯し、アラームシステムの人感センサーは毎朝5時から6時の間に勝手に作動していた。ある日の夕方、小さな足音が屋根を横切った。外に出てみると、近くの電柱につながる電線が風のない夕暮れに揺れていた」。
彼がここからどのような結論を導き出したのかはわからない。(1966年末、『トゥルー』誌はジョン・キールによる未確認飛行物体に関する記事のためのイラストを依頼した。画家は、純粋に彼自身の想像から、奇妙な形の飛行物体をいくつも描いた。そのうちのひとつは球形で、舷窓がひとつと、その下に4本の脚とプロペラがある以外は何の特徴もなかった。そのようなものは報告されていなかったが、「ルッキング・グラス効果」とでも呼ぶべきものが働いたようだ。
1967年1月19日、タッド・ジョーンズという家電量販店の店長が、ウェストバージニア州チャールストンの近くまで車で通勤していたところ、道路が上記の説明とまったく同じ球体でふさがれたため、停車せざるを得なくなった。彼はその球体を2分間見ていたが、その後、球体は空高く上昇し、消えてしまった。彼はこの出来事を警察に報告し、地元の新聞にも掲載された。
その翌日には、ジョーンズの家のドアの下に「口を閉じていろ」と警告する脅迫状が2枚入れられていた。地元のUFOの権威であるラルフ・ジャレットは、『チャールストン・ガゼット』紙を開く直前に「ピーピーピー」という電話を受け、そこで初めてこの目撃談を知った。ジャレットは独自に調査を行い、その物体が主要なガス管の真上をホバリングしていたことを知った。キール自身がその場所を訪れたとき、道路脇の泥の中に奇妙な足跡をいくつも見つけた。
そのうちのひとつは巨大な犬の足跡に似ていたが、ジョーンズは石膏模型を採取し、地元の動物学者もその足跡を確認できなかった。また、縁に隆起のあるリップルソールの靴跡もあった。キールは、ちょうどこのタイプの指紋が国内のUFO現場で頻繁に見つかっていることを指摘した。最初の宇宙飛行士が月面を歩いたとき、彼らは同じ波紋を月の塵の中に残したブーツを履いていた。
この話は、少なくとも『モスマンの予言』の中で語られているように、まったく不可解に見える。しかし、ステュアート・キャンベルが『UFOの謎は解明された』を書いたとき、UFOの報告は星の蜃気楼によるものだと主張した。奇妙なことに、彼は星の蜃気楼が昼間の目撃を説明するとさえ主張した。
しかし、ほとんどの人は、それ自 体が見えない光源の、単なる反射である蜃気楼を見ることは不可能だと考えるだろう。いずれにせよ、彼はタッド・ジョーンズの目撃談を金星の蜃気楼であったと説明したが、必然的に地平線近くにあるはずの蜃気楼が、どうして空に向かって昇っているように見えるのかも説明できなかった。脅迫状、謎の足跡、そして「蜃気楼」が想像力豊かな芸術作品に似ていることについて、彼は一言も語らなかった。
デイヴィッド・ハイゼルの『消えた7時間』は、(タイトルから予想されるように)退屈なアブダクションの話ではない、 旧世界と新世界の両方でUFOを目撃したというだけでなく、自宅でのポルターガイスト、実体のない声、不可解なビープ音、低空飛行するノーマークの黒いヘリコプター、サイキック・ヒーリング、ドッペルゲンガーの出現、謎めいた電話、自動書記、そしてフォーティーンでは珍しい「黒衣の女」も体験したという。
アームストロング」(仮名)一家にインタビューに行った経緯について、ハイゼルは次のように述べている。「インタビューのテクニックや、UFO目撃者に影響を与える心理的要因については、多くの良いアドバイスが書かれている。聡明で明瞭な個人を相手にする場合、おそらく最良の方法は、その出来事について自由に語らせることであろう。そうすれば、調査者自身のバイアスは、その後の資料の分析に支障をきたすことはあっても、インタビューに影響を与えることはない......私は、彼らが過去に自分の体験について話してくれた何人かのUFO調査者に失望していたことを知った。彼らの多くは、単に現象の物理的側面にしか興味がなかったのだ」。
これは、以前の調査者たちは、UFOがゼータ・レティクリ(あるいはプレアデス、あるいはどこかの星)から来たナッツ・アンド・ボルトのエイリアン宇宙船であるという証拠を集めることだけに関心があり、この視点を支持しないとして、奇妙さの高い材料を無視したということだと私は解釈している。
それとは対照的に、ハイゼルはアームストロング夫妻が話したことは何でも繰り返し、しばしば録音されたインタビューからそのまま引用した。もちろん、本を買う大衆が読みたがっているのは恒星間からの訪問者であり、それゆえこの仮説を宣伝する作品がベストセラーになることが多いのだが、ハイゼルの名前を聞いたことがある人はほとんどいないだろう。
さて、『ダーク・ホワイト』でジム・シュナーベルが語るブルース・リー(カンフーのスターではなく、ニューヨークのモロー出版社の編集者で、以前は『ニューズウィーク』誌の 「高名な 」記者だった)の異星人との遭遇を考えてみよう:
「リーと彼の妻はレキシントン・アヴェニューを歩いていて、彼が編集した本がバイヤーのためにどのように陳列されているかを見るために書店に入った。彼が店の奥の方に立っていると、一組のカップルが入ってきて、『聖体拝領』が陳列されている棚にまっすぐ向かった。そのカップルは二人とも背が低く、ウールの帽子に長いマフラー、手袋にブーツと寒さ対策は万全だった。
ふたりはそれぞれ『聖体拝領』を手に取り、手袋が邪魔だったにもかかわらず、パラパラと本をめくり始めた。こんなに早く読めるとは思えないのに、彼らは頭を振りながら、「ああ、これは間違っている 」、「ああ、これは間違っている」などと言い合っていた。最も奇妙だったのは、彼らのアクセントがアッパー・イースト・サイドのユダヤ系に聞こえたことだろう。
「彼女は大きなサングラスをかけていて、スカーフと帽子で顔のほとんどを隠していた。そのサングラス越しに、リーは巨大な黒い目を見た。なんてことだ!リーは農場で育ったが、その目は狂犬病の犬の目を思い出させた。その目は、そこから逃げろと言っているようだった。リーの首筋の毛が逆立ち、急いで別れを告げた。彼は妻をつかまえてバーに行き、マルガリータにショックを浸した」。
この話には3つの説明ができる: 1) エイリアンはアッパー・イースト・サイドのユダヤ人から英語を習った。2)リーがアッパー・イースト・サイドの小柄なユダヤ人夫婦をエイリアンと間違えた。3) いたずらだった。最初の可能性は、明らかに答えよりも多くの問題を提起している。
二つ目の可能性は、目撃者が精神的に欠陥があったか、パラノイアであったことを前提としているが、そのような仮定には何の根拠もない。UFO学ではデマはよくあることだが、たいていはデマが成功するのは、デマを流す側が人々が何を聞きたいかを知っていて、それを提供するからである。また、動機も明らかにされていない。もし聖体拝領のための宣伝であったとしても、それは非常に思慮の浅いものであった。
私が知る限り、この話が『ダーク・ホワイト』誌にのみ掲載されたことは重要である。シュナーベルは、純粋に公平と言える数少ないUFOライターの一人だからだ。もちろん、最近の本、特にUFO学の歴史に関する本には、学術的に無関心であるかのような表面的な印象を与えるものが数多くあるが、数ページ以上読むと、一般的にAとBと呼ばれる2つのタイプのうちの1つであることがわかる。
タイプAの著者は通常、事件の概要を「ハイネック教授は目撃者の信憑性が高いと考えた」というようなフレーズで締めくくり、これとは対照的に、タイプBは「ドナルド・メンゼルはこの事件は手の込んだデマであると結論づけた」という行で終わる。多くの適切な出典を参照しても、ETH支持あるいは反ETHの意図を覆い隠すことはできない。しかしダーク・ホワイトは、エイリアン・アブダクションが実在するか否かを判断しようとすることなく、さまざまな議論や疑惑の事件を語っている。
同じように、「ルーシー」の体験についての彼の説明は、一連のインタビューで彼女が語ったことの要約以上でも以下でもないようだ。それは、母親が妊娠中にはしか(麻疹)にかかったために様々な健康上の問題を抱えて生まれ、8歳の時に父親が銃の事故で死ぬのを目撃したことである。その直後、スティーブンという名の若い男に人里離れた山小屋に連れて行かれ、レイプされたと彼女は報告した。
彼は何年も彼女を訪ね続け、たびたびレイプを繰り返した。しかし、彼は歳をとったようには見えず、私たちの多くが理解する現実の人間ではなかったことを示唆している。このことは、「ルーシーが10代後半になったとき、初めての性体験がまったく痛みを伴わなかったことに気づいた」という記述にも示唆されている。これは、スティーブンとのそれ以前の性体験が実際にはなかったという無意識の認識を反映しているようだ。彼女の人生には他 にも、電気機器の誤作動、夢遊病、不可解な記憶の欠落などがあった。
大学在学中、彼女は『聖体拝領』のコピーに出会い、定期的な誘拐が彼女の記憶喪失を説明できるのではないかと推測した。それから間もなく、彼女はニューヨークに行き、バド・ホプキンスから最初の退行を受けた。その後、彼女はワシントン郊外に引っ越した。「ある夜、玄関のベルが鳴ったので、ドアを開けて外に出てみると、死んだ父親が茂みの中に立っていた。後にブルーリッジ山脈でエイリアンと遭遇したとき、彼女の父親は(生きていると思われる)拉致被害者のグループの中にいた。
UFO報告には、死者が登場することが予想以上に多い。ジョージ・アダムスキーは死んだ翌日、空飛ぶ円盤に乗ってデヴォンに現れ、アーサー・ブライアントという便利屋と会話をした。ホイットリー・ストリーバーは、交通事故で死亡した17歳の少年のケースを報告している。一週間後、夜10時頃、彼の両親がリビングルームに座っていた。その晩はすでに散歩に出かけていたのだが、妻はもう一度外に連れ出すことにした。
「玄関のドアを開けると、2つのことが同時に起こった。ひとつは、オレンジ色の光の玉が家から離れ、近くの並木の向こうに消えていった。次の瞬間、夫婦の10歳の息子が階段を駆け下りてきて、「小さな青い人たち 」が兄を寝室に連れてきたと興奮気味に叫んだ。もちろん、死者が生きている人の前に姿を現すことは歴史上よくあった。実際、上記の例もそれが目的であったように思われる。しかし、アンドロメダからの宇宙船の存在を証明したい人にとっては、何の価値もない。
古代の宇宙飛行 士』の熱狂的なファンも同様に、原典に密かに手を加えている。エーリッヒ・フォン・ダニケンはこの南米の伝説に言及している: 「その宇宙船には、地球の偉大な母になる任務を果たすために、オリャーナという名の女性が乗っていた。オリャーナには4本の指しかなかった。偉大なる母オリャーナは70人の地上の子供を産み、星に帰っていった」。
フォン・ダニケンの出典は、ロベール・シャルーの『人類の知られざる1000年の歴史』であることは間違いない。シャルーが口頭で集めた話であり、オレジョナがバクとの交尾によって人類を誕生させたと明記されているからだ。オレジョナがバクと交配して人類を誕生させたという内容である。この話は近代の創作ではないかと疑われてきたが、実際にはおそらく本物だろう。それはともかく、フォン・ダニケンは獏を省略し、オレジョナが(星ではなく)金星から来たという記述も省略した。
エゼキエルの幻視は、UFOの文献で広く議論されている。エゼキエルは紀元前6世紀頃、カルデアの地(現在のイラク)のチェバル川のほとりで、北の方で光り輝く渦巻きを見た。(カルデアの神殿では、この種の複合的な生き物の像がよく見られた)。それから、彼は4つの空飛ぶ車輪を見た。その上には「玉座のようなもの」があり、その上にエゼキエルは神と見なした。そして、エゼキエルはイスラエルの子らの罪について長々と説教する声を聞いた。
死海文書の時代には早くも、この4つの車輪は、異教徒が神々の像を行列に乗せて運ぶのに使った荷馬車のようなもので、主の玉座を上空に運ぶ天の戦車のものだと解釈されていた。このことは本文には明 記されていないが、中世のユダヤ教神秘主義文学の多くは「戦車の働き」に捧げられていた。この「エゼキエルの戦車」は、ルネサンス期の多くの版画に描かれるようになった。
この一節に注目した最初の現代UFO作家はドナルド・メンゼル博士で、彼はこう書いている。太陽を中心とした車輪のスポークのように、逆円弧と十字が交差している。完全に発達した模擬太陽の複雑な構造(これは極めて珍しい)は、想像力の豊かな人には空に浮かぶ巨大な戦車を連想させ、迷信深い人には恐怖を与えることがある。この現象が、聖書に記されているエゼキエルの2つの幻視にインスピレーションを与えたことは疑いない」。
メンツェル博士が、光るつむじ風、4つの生き物、玉座、玉座に座っている人物、イスラエル民族の悪いところを説明する声について触れていないのは、間違いなく、これらのことがどれもスンドゥブとして容易に説明できないからである。
言うまでもないが、エゼキエルが地球外からの訪問の目撃者だと考える者もいる。プレアデス人は4枚の翼と4つの顔を持っているかもしれないし、「目」のついた車輪は舷窓のある空飛ぶ円盤かもしれない。声」はUFOの推進システムについての技術的な説明には進まず、イスラエルの民が偶像を崇拝していることについて不満を述べた。
しかし、神という人物を当てはめるのは難しく、フォン・ダニケンがそれを無視し、ヨゼフ・ブルムリッヒが彼を「パイロット」と表現したのも説明がつく。アラン・コールはこうコメントしている: 「車輪や戦車ではなく、戦車の上に置かれた大いなる玉座(エゼク1:26)と、そこに鎮座する人間の姿をした神である。もし戦車を文字通りに受け取るなら、これらもすべて文字通りに受け取らなければならない」。
コール牧師は、『戦車』という言葉が原文にはなく、何世紀も後に書かれた注解書にしかないことに気づかず、全部で7回も使っている。とはいえ、彼の主張はまったく正しい。たまたま合致した事実だけに基づく解釈は、無価値である可能性が高い。
エゼキエルにとって、そして間違いなく彼の同時代の人々にとって、生き物と車輪は、それらに続く神の預言ほど重要ではなく、後者に信憑性を与えるために前者に言及したに過ぎない。1646年、オランダのグラベンハーゲで、「灰色の紙のような、テーブルボードほどの大きさの」空飛ぶ丸い板が目撃され、その後に予言と思われるビジョンが見えた。
同様に、1651年、チェシャーのホルト夫人が玄関に座っていた時、「太陽が非常に赤く輝いているのを感じ、目を上に向けると、太陽の上に半月ほどの大きさの暗い体が見え、しばらくすると、その体はいくつかの部分に分かれ、小さなピューターの皿ほどの大きさの、無数の他の景色のように見え、彼女に向かって素早く近づいてきた...」。この後、空中で戦う男や馬、不思議な鳥のビジョンが続いた。当時は不穏な時代で、人々は未来を予言するような空のサインや不思議を探したが、空飛ぶ皿そのものはニュースではなく、その後のビジョンがなければ無視された可能性が高い。
現代のUFO報告には予言的なビジョンは含まれていないと思われるかもしれないが、実際、いくつかの報告には含まれている。例えば、1973年には、3人の人々が「空を飛び回る飛行艇を見た後、その 飛行艇はベルト付きの長いローブを着た、両手を広げた髭を生やした男の巨大な像に変わった」と言われている。
同様に、1960年代、ウォーミンスター郊外のクレイドル・ヒルでは、次のようなことがあった: 「南西から雑木林に入ってきた円盤が、燦然と輝く銀色の光の完璧なアーチを作り出し、その中に2つの巨大な形が現れたことがあった。「 」シルエットの人物で、長い髪が風になびくように揺れ、特徴は見えないが、指とローブがはっきりとしていた。」 繰り返しになるが、報道には偏りがあり、このような目撃談はよくあることだが、めったに公表されないのではないだろうか。
私たちの多くにとっては 「異常 」であっても、他の人々にとってはごく普通のことなのだ。たとえば、死者と交信することが日常的な人もいる。スピリチュアリストの友人で、2匹の猫以外は一人暮らしの半身不随の女性は、台所の引き出しの詰まりからコンピューターの故障まで、家の中で壊れたものを直すのを息子が手伝ってくれると話してくれた。それ自体は驚くべきことではないが、彼女の息子は数年前に亡くなっている。重要なのは、彼女は家庭内の問題に関して、それ以外のありふれたことを私に報告する過程で、声の調子を変えることなくこれらの出来事を口にしたことである。
しかし、これはアームストロング夫妻のようなUFO目撃者が自分たちの体験を異常なものだと考えているのとは少し違う。重要なのは、彼らはそれらを全体としてとらえており、ポルターガイスト活動や奇妙な電話は、彼らにとって謎の飛行物体の目撃と同じくらい重要なのである。その一方で、誰にも報告されなかった奇妙なUFO事例があるかもしれない。
事実を評価するには、それが何であるかを知らなければならない。UFOについて政府や空軍が真実を隠していると非難されることが多いが、私はUFO研究者自身が部分的に真実を隠していると思う。私は、ポルターガイストやメン・イン・ブラックからのピーピー電話の背後にある原因を説明しようとは思わない。
原文
▼展開
Curiouser and Curiouser:‘High Strangeness’ UFO Encounters
Gareth J. Medway
Magonia 97, April 2008
The term ‘High Strangeness’ refers to those UFO cases where the witnesses do not merely claim to have sighted a mysterious light or unknown object which might have been an alien spacecraft, but also say that a variety of unusual things happened to them afterwards, such as poltergeist outbreaks in their homes, strange telephone calls, and visits from the ‘Men In Black’. You won’t find much about this in mainstream UFO books, but there is plenty of detail in the works of such writers as John Keel and Jacques Vallee. The question which is not often addressed is, are these cases aberrations, or typical?
If high strangeness cases are exceptional, it would have to be asked, why do this particular minority of witnesses choose to report their experiences to one of just a few investigators, such as John Keel? Surely it is more likely that, since most witness reports reach us at second hand by way of the investigators, most of the latter tend to edit out unwelcome details like MIBs as detracting from the credibility of the story. If so, then we ought to be able to find some evidence for this censorship. In the first place, there is no reason to think that the above authors deliberately select the oddest cases for publication. On the contrary, in an interview during the October 1973 wave, Keel remarked: “A few years ago I talked with two young men who had seen an object in a field that resembled exactly one of our space modules and had “US Air Force” printed on the sides. But, of course, one of our space modules isn’t going to be hovering over a field in New Jersey. I never wrote it up because even the UFO buffs wouldn’t believe it.”
Imbrogno and Horrigan’s Contact of the Fifth Kind, which is about high strangeness in the Hudson Valley, mentions that in an earlier book that Imbrogno had co-authored with Allen Hynek, they had avoided mention of abductions: “Only to a handful of people did we admit that there were abduction cases, and plenty of them … Dr. Hynek felt that UFO reports are hard enough to believe without adding the subject of abductions to the discussion.”
Whilst driving home in the early hours of 8 March 1997 journalist Sarah Hall, of the Folkestone Herald, saw a mysterious flying triangle. This event gained some national publicity simply because it occurred near to the home of Tory politician Michael Howard. It later the subject of a long article by Stuart Miller and Chris Rolfe in the penultimate issue of the now defunct [British] UFO Magazine. Among, the illustrations was a reproduction of Hall’s original ‘Witness Statement’, which says that, for about fifteen minutes before the sighting: “I was coming down the road and I felt, I said afterwards to other people since, that I felt really weird. I was really looking over my shoulder on the way home. I was a bit scared, a weird feeling anyway.”
Yet this detail is nowhere mentioned in the article itself. The authors’ hypothesis, the reasoning behind which I am unable to follow, was that what she saw was of terrestrial manufacture, though based upon ‘back-engineered’ alien technology of unspecified origin. Now, there is no reason why someone who happens to see a secret experimental aeroplane should feel ‘really weird’ before the sighting. One suspects that they ignored this precisely because it did not fit with their hypothesis. Had not her statement been incidentally included in the layout by a subeditor, we would never have known of it, and remember, in the vast majority of UFO cases we do not get the witness’s own words, only the interpretations of investigators.
According to Richard Thompson: “…after the Hills’ close encounter on a lonely New Hampshire road, they began to experience poltergeist phenomena in their home. Betty would find her coats unaccountably dumped on the living room floor, even though she had left them in the closet. Clocks would stop and start mysteriously, or their time settings would change. Water faucets [taps] would turn on when nobody was there, and electrical appliances would break down and then work perfectly without repair. On a more prosaic level, Betty Hill also reported that after her UFO experience she was repeatedly followed, her apartment was broken into, and her phone was tapped.”
Of course, nothing is said about these things in Fuller’s The Interrupted Journey, nor in any of the other innumerable discussions of the case that I have seen. Even sceptical writers pass over them – I suppose that, if you are going to maintain that everything that happened to the Hills had a straightforward mundane explanation, you are only making it difficult for yourself if you introduce things like poltergeists.
In April 1952 Albert K. Bender of Bridgeport, Connecticut, set up the International Flying Saucer Bureau. This grandiose title proved to be justified, as they soon had representatives not only in more than a dozen states of the Union, but also Canada, England, Australia and New Zealand. Yet after just eighteen months Bender shut the organisation down, stating in the final issue of the quarterly newsletter Space Review that “The mystery of the flying saucers is no longer a mystery. The source is already known, but any information about this is being withheld by orders from a higher source.”
Three years later, Gray Barker revealed in They Knew Too Much About Flying Saucers that Bender had stated that he had been visited by three men in darks suits, from which we derive the now familiar term ‘Men In Black’. But, when interviewed by two puzzled colleagues, he said little more, replying to most of their questions only with the words: “I can’t answer that”. The implication was that he had been silenced because he had discovered ‘The Truth’. I suspect that most ufologists assumed that the Truth that Bender had discovered corresponded exactly with their own pet theories. These need not have been too sensational: the story, as told so far, was broadly consistent with the hypothesis that flying saucers were a secret U.S. invention, and that the authorities had requested Bender to keep silent for reasons of national security.
Yet at about the same time, on the other side of the world, the Australian Flying Saucer Bureau was closed down by Edgar Jarrold, who had also had a mysterious visitor. A New Zealand investigator, John Stuart, received a telephone call from a voice who claimed to be ‘from another planet’, and told him to “stop interfering in matters that do not concern you!” Soon afterwards his house developed the classic signs of haunting, with the sound of footsteps when no-one was there, and objects moving by themselves. Finally, he said later, his secretary was physically assaulted by a giant hairy monster, after which he abandoned UFO research. ALBERT BENDER In 1962 Bender broke his silence with a book, Flying Saucers and the Three Men, of which it is fairly safe to say that it can have matched no-one’s pet theory. He wrote that he had begun to experience poltergeist activity in his home, such as a radio switching itself on, accompanied by an odour of burning sulphur. Then, on 15 March 1953, he attempted to contact the ‘occupants of interplanetary craft’ by telepathy. The result was not the “We come in peace” message he perhaps expected; instead, a voice said “Please be advised to discontinue delving into the mysteries of the universe. We will make an appearance if you disobey.” He wrote this experience up at the time, but his report mysteriously vanished from the box in which he had locked it.
In July he had the first of a series of visits from the three men, who “looked like clergymen” except that their eyes glowed “like flashlight bulbs”, and who materialised in his bedroom, making it clear that they were not from the government, but aliens themselves. Though they had taken on human bodies so that they could pass among us unnoticed (apart from the glowing eyes!), their real forms were hideous monsters. On several occasions they teleported him to a secret underground base in Antarctica, where they told him that came from a planet many light years away. They were visiting earth for the purpose of extracting a certain chemical from our seawater, and did not wish to be interfered with, but after they had left he~would be free to reveal the truth to the world. Indeed, to ensure that he remained in good health, on his last visit to the base he was given a special all-over body massage by three beautiful women, who were presumably in reality hideous monsters.
Though Bender stated that he was able to speak because the saucerians had departed in 1960, UFOs did not cease to be sighted. It was probably not for this reason, however, that his book was almost totally ignored, but because it did not tell anyone what they wanted to hear. Typical of those who noticed it at all was Rex Dutta, who said that it was “often attributed to the hush-hush bag”, i.e. it was itself a part of the continuing cover-up, and that “Not many took the trouble to notice that the book was obviously ‘ghost-written’ – its style was totally unlike that of Bender’s own phraseology in his magazine.”
Where the story is cited at all, it is usually in the more credible version of Barker. For instance in 1974 Brinsley Le Poer Trench argued in Secret of the Ages that the earth is hollow, and that UFOs come from the inside; he suggested that what Bender had discovered is that the earto is hollow, and that UFOs come from the inside.
Reports of the Men In Black, often known as MIBs, became more common, and provoked the interest of the Pentagon, since some of them were said to have falsely claimed to be Air Force officers, which is a federal offence. Yet no prosecution has ever resulted. It might be possible to explain at least some of these cases as being the result of acute paranoia, but it is easier just to pass over them in silence.
A young woman named Maria spoke at BUFORA a couple of times in the early 1990s. I have lost my notes on what she said, but from memory, she had attended a convent boarding school in the Midlands. One night, she woke up in the small hours and looked out of the window to see a glowing object next to the tennis courts. Various other things happened to her in the following days which seemed to be acausally linked to the first: she had a dream, so vivid that it could not be distinguished from reality, that she was on board a spaceship; one lunchtime she stirred a cup of coffee with a metal spoon which, when she took it out, had bent in Uri Geller fashion; she spontaneously levitated into the air in front of a group of other girls; on a country walk she passed a dead and mutilated body of a deer; finally, of course, she was visited by two men dressed in black, who said that they had been sent by her psychiatrist, whose name, coincidentally, was Mrs. Black. After interviewing her for an hour, they departed in a mysterious black car which made no sound as it crossed the gravel forecourt. Maria spoke twice to BUFORA, and was I believe interviewed by several people, yet so far as I can discover her tale has never appeared in print anywhere.
One Man In Black report that has been printed a few times, e.g. in The Unexplained, is that of Dr. Herbert Hopkins, who in 1976 hypnotised a UFO witness to help him recall his experience. He was then visited by a hairless (not even eyebrows) man in a black suit claiming to be from the New Jersey UFO Research Organisation (there was no such institution), who made a coin disappear, asked him pointedly if he had heard of a local UFO witness who had recently died, and demanded that he destroy the tapes of the sessions. Perhaps fearing that if he did not he would go the way of the coin, Hopkins complied.
Not so many authors relate the encounter which Hopkins had been investigating. The witness was David Stephens of Norway, Maine, who with a friend named Glen Gray went for a drive at three a.m. one morning in October 1975. After a mile Gray, who was driving, lost control of the car, which went down a rough trackway, but, incredibly, at unbelievable speed, so that they travelled five miles in two minutes. It came to rest in a field, where they saw a hovering cylindrical object with bright lights on it. Gray now regained control of the car and hastily drove off, but the object followed them, and soon they fell unconscious, reawakening a mile further down the road. Unable to start the engine, they sat and watched as further glowing objects flew about. From a nearby pond, which seemed to have ‘grown to the size of an ocean’, a thick fog arose and engulfed the car. Then, surprisingly, the motor restarted, and the two men were able to leave. [Read further about Herbert Hopkins HERE]
A few days later, when two local ufologists spoke to them: “Stephen and Gray reported that several peculiar incidents had happened since their encounter: someone (or something) had walked across the roof of their trailer home; both men had suffered sudden bouts of extreme tiredness; both had seen snowflakes and black cubes and spheres flying from the sky and through a wall; ‘golden wires’ appeared in the air above their TV set; and a disembodied voice, audible only to Gray, had intoned the letters ‘U-F-O’.”
Mike Dash, one author who was prepared to relate this story, noted that “the case is not often discussed, even in ufological circles, and is certainly too strange to be included among the handful of ‘classic cases’ that most researchers would cite as evidence of UFOs. Yet this one incident includes almost all of the key elements that distinguish such classics from run-of-the-mill reports.” In other words, though seeming highly bizarre to the average person, once one has been studying the matter for years, it “may be considered fairly representative of the more detailed hard core of UFO reports.”
Bullard’s data was derived from abduction researchers rather than the abductees themselves, and that black helicopters seem important to the latter but not to the former
I should like to repeat a matter I raised some years ago, that, as was pointed out in Helmut and Marion Lammer’s MILABS: Military Mind Control and Alien Abduction, which has the kind of content that you would expect of that title, most books by abductees who have written their own books state that they were followed and watched by unmarked black helicopters, whereas in Thomas Bullard’s study of 270 abductions, black helicopters only feature in four cases. The reason is surely that Bullard’s data was derived from abduction researchers rather than the abductees themselves, and that black helicopters seem important to the latter but not to the former
An exception is David Jacobs, who does mention them briefly in The Threat, stating that most are ordinary helicopters that happen to circle abductees’ houses by chance, but that a few are piloted by hybrids (human-alien cross-breeds), and others are screen memories for UFOs. Budd Hopkins, though thinking it normal for people to be picked up by aliens and genetically experimented upon, evidently felt black helicopters to be a little too outré, and omitted them in Intruders, his account of the misadventures of ‘Kathie Davis’ (Debbie Jordan), yet Jordan herself said that they were, at one time, “almost daily around our houses”. Even so, he did include a few high strangeness events, such as a visit from three mystery men (though dressed in blue), and that when Debbie was pregnant with her second child, she would get a telephone call from an incomprehensible alien voice every Wednesday afternoon.
Sometimes, but not always, these choppers are said to make no sound, for which reason they are known as phantom helicopters. Beckley reproduces a photograph of one that was taken by Betty Andreasson’s husband, though it is obviously impossible to tell from a picture whether it was silent or noisy, or indeed to distinguish it in any way from a real helicopter.
John Keel often refers to mysterious beeping. Usually these occur over the telephone, which is not odd in itself, since beeping is the standard ‘engaged’ tone, though something has clearly gone wrong when the phone rings and you answer it to hear only beeps. (I had two calls of this sort myself one Wednesday afternoon – presumably it was coincidence that at the time I was transcribing a tape of an interview with a UFO witness!) But a fault in the phone network cannot explain the case of the woman who, after seeing a strange object fly overhead, “suddenly heard a loud radio signal … a series of dots and dashes” which however was inaudible to her sister and brother in law.
When Phil Klass interviewed Lonnie Zamora, the police officer in the Socorro, New Mexico case, he told him that the object’s sound was a “Beep … beep … beep … beep”, though a couple who lived nearby heard nothing. Klass mentioned this in his first book (in which he maintained that UFOs were a rare natural phenomenon, and was written before he had reached the conclusion that this affair was a hoax), but so far as I can discover no-one else ever has, not even Ray Stanford in his book on the sighting.
Sometimes high strangeness occurs when there has not been a UFO incident as such, for instance in a case cited by Alex Constantine, conspiracy theorist author of Psychic Dictatorship in the U.S.A., who considers all unexplained phenomena to be the by-product of CIA mind-control experimentation. In 1994 a California journalist named Dave Gardetta interviewed Richard Ofshe, a psychologist who maintained that so-called recovered memories are actually false memories, and that this was the real cause of supposed alien abduction.
A few days later, however, Gardetta awoke “to find a triangular rash on the palm of his hand. This is commonly thought to be a symptom of abduction (though it also happened to Michelle Smith, the classic Satanic Child Abuse victim, and was explained by her psychiatrist and future husband Lawrence Pazder as a ‘body memory’ of her ordeal: “…whenever she relived the moments when Satan had his burning tail wrapped around her neck, a sharply defined rash appeared in the shape of the spade-like tip of his tail.”) Gardetta wrote: “It didn’t surprise me. Things around the house – which sits on a hilltop in a semi-rural area – had been getting weird. A jet-wash noise buzzed some afternoons around the house, its origin impossible to discern. Lights were turning themselves on, and the alarm system’s motion sensor was tripping itself every morning between five and six. One early evening, small footsteps crossed the roof. I ran outside to find the electrical wires leading to a nearby telephone pole swaying in the windless dusk.” I am not sure what conclusion he drew from this. (Constantine, of course, blamed CIA mind-control experimentation.)
At the end of 1966, True magazine commissioned a set of illustrations for a forthcoming article, by John Keel, on unidentified flying objects. The artist drew a number of odd shaped craft purely from his own imagination. One was spherical, featureless except for a single porthole and, underneath, four legs and a propeller. Though no such thing had ever been reported, what one might term ‘the Looking Glass effect’ apparently kicked in. On 19 January 1967, an appliance store manager named Tad Jones was driving to work near Charleston, West Virginia, when he was obliged to stop because the road was blocked by a sphere exactly matching the above description. He watched it for two minutes, after which it rose up into the sky and disappeared. He reported what had happened to the police, and it got written up in local papers.
In the following days, two threatening notes were slipped under Jones’s door warning him to ‘keep your mouth shut’. A local UFO authority, Ralph Jarrett, received one of those ‘beep beep’ phone calls immediately before opening his copy of The Charleston Gazette, where he first learnt of the sighting. Jarrett conducted his own investigation, and learned that the object had been hovering directly over a major gas line. When Keel himself visited the spot, he found a number of strange footprints in the mud beside the road. One set resembled huge dog tracks, but Jones took plaster casts, and no local zoologist could identify them. There were also some prints made by ripple-soled shoes with a ridge around the edge. Keel noted that prints of just this type had frequently turned up at UFO sites around the country. Years later came another ‘Looking Glass’ sequel: when the first astronauts walked on the moon, they wore boots which made identical ripple prints in the lunar dust.
This story, at least as it is narrated in The Mothman Prophecies, appears totally inexplicable. But that did not daunt Steuart Campbell when he wrote The UFO Mystery Solved, which argued that UFO reports are caused by mirages of stars. Weirdly, he even claimed that mirages of stars explained daytime sightings, though most people would suppose that it would be impossible to see a mirage, which is simply a reflection, of a light source that was itself invisible. Anyway, he explained the Tad Jones sighting as having been a mirage of Venus, failing also to explain how a mirage, which necessarily must be near the horizon, could appear to rise up into the sky. Of the threatening notes, the mysterious footprints, and the resemblance of the ‘mirage’ to a piece of imaginative artwork, he had not a word to say.
David Haisell’s The Missing Seven Hours is not (as one would expect from the title) another of those tedious abduction tales, but concerns a British family settled in Canada, who not only claimed to have experienced UFO sightings in both the old and new worlds, but also poltergeists in their home, disembodied voices, inexplicable beeping sounds, low flying unmarked black helicopters, psychic healing, appearances of doppelgangers, enigmatic telephone calls, automatic writing, and that Fortean rarity, a mysterious Woman In Black.
In his account of how he went to interview the ‘Armstrong’ (a pseudonym) family, Haisell remarks: “Much good advice has been written about interviewing techniques and the psychological factors affecting UFO witnesses. Perhaps the best approach if dealing with an intelligent and articulate individual is to let him or her talk freely about the event or events. In this way the investigator’s own biases don’t affect the interview, even though they may interfere with the subsequent analysis of the material … I discovered that they had been disappointed in the past with several UFO investigators who had talked to them about their experiences. Many of them had been interested merely in the physical aspects of the phenomena.”
I take this to mean that the earlier investigators were solely concerned to collect evidence that UFOs are nuts-and-bolts alien spacecraft from Zeta Reticuli (or the Pleiades, or wherever), and ignored the high strangeness material as not supporting this viewpoint. By contrast, Haisell repeated whatever the Armstrongs told him, often quoting them verbatim from taped interviews, and so produced a totally different picture. Of course, it is the solid interstellar visitors that the book-buying public wants to read about, hence the fact that works promoting this hypothesis are often bestsellers, whereas few people have heard of Haisell.
Now consider the alien encounter of Bruce Lee – not the Kung Fu star, but an editor at Morrow publishers in New York, who had formerly been a ‘respected’ Newsweek reporter – as narrated by Jim Schnabel in Dark White:
“It had been a cold Saturday in February 1987, just after Communion [a Morrow book] had been released, and Lee and his wife had been walking along Lexington Avenue and had gone into the bookshop to see how some of the books he had edited were being displayed for buyers. He had been standing there towards the back of the store when a couple came in and headed straight for the rack where Communion was displayed. The couple were both quite short, and were heavily bundled up against the cold, with wool hats and long scarves and gloves and boots. They each grabbed a copy of Communion and, despite the encumbrances of their gloves, began flipping through the book rapidly. It didn’t seem possible that they could be reading so quickly, and yet they were shaking their heads and saying such things as ‘Oh, he’s got this wrong, and ’Oh, he’s got that wrong.’ Perhaps strangest of all, their accents sounded upper East Side Jewish.
“Lee walked over and introduced himself, explaining that he worked for Communion‘s publisher, and was interested to know what errors might be contained in the book, and the woman looked up at him: ‘She had on large sunglasses which, with her scarf and hat, obscured virtually all of her face’. And yet through the sunglasses Lee could see a pair of enormous dark eyes. Jesus! Lee had been raised on a farm, and those eyes reminded him of the eyes of a rabid dog. They seemed to be telling him to get the hell out of there. The hair on Lee’s neck stood up, and he said a hasty goodbye. He grabbed his wife and went off to a bar and soaked his shock in Margaritas.”
This story seems to admit of three explanations: 1) The aliens learned to speak English from Upper East Side Jews. 2) Lee mistook a diminutive Upper East Side Jewish couple for aliens. 3) It was a hoax. The first possibility clearly raises more questions than it answers. The second pre-supposes that the witness was mentally defective or paranoiac, but there is no warrant for such an assumption. Hoaxes are common in ufology, yet they usually succeed because the hoaxer knows what people want to hear, and supplies it, whereas no-one expects aliens to turn up in New York bookstores. Nor is any motive apparent – if it was a publicity stunt for Communion, it was exceedingly ill thought out.
It is surely significant that the story has appeared only (so far as I am aware) in Dark White, for Schnabel is one of the very few UFO writers who could genuinely be described as impartial. There are, of course, a number of recent books, particularly on the history of ufology, which give the superficial impression of academic disinterest, but if you read more than a few pages, you generally find that they are one of two types, which may be termed A and B: a Type A author will typically conclude a case summary with some such phrase as “Professor Hynek considered that the witness was highly credible”; Type B, by contrast, will end on the lines of “Donald Menzel concluded that the affair was an elaborate hoax”. Even a plethora of proper source references cannot disguise the pro- or anti-ETH agenda. Yet Dark White recounts the various arguments and alleged incidents without trying to judge whether alien abductions are real or not.
In the same way, his account of the experiences of ‘Lucy’ seem to be no more or less than a summary of what she told him in a series of interviews. These did not, initially, concern alien abduction, but non-paranormal misfortunes of her early life, having been born with various health problems attributable to her mother having contracted measles during her pregnancy, and then, at age eight, having witnessed her father’s death in a gun accident. Soon afterwards, she reported, a young man named Steven took her to a remote cabin and raped her.
He continued to visit her over the years, and frequently raped her again. Yet he never seemed to age, suggesting that he was not a real person in the way that most of us understand reality. This is also hinted by the statement that “when Lucy was in her late teens she noticed that her first sexual experience hadn’t been at all painful”, which seems to reflect an unconscious recognition that her earlier sexual experiences, with Steven, had not actually happened; she added that her mother had told her that her hymen had broken in an accident when she was a toddler. Other oddities in her life included electrical equipment malfunctioning in her presence, sleepwalking, and inexplicable memory lapses.
Whilst at university she came across a copy of Communion, and guessed that regular abduction could explain her periods of memory loss. Not long afterwards she was in New York, getting her first regression from Budd Hopkins. Later, she moved to a Washington suburb. “Steven still visited her, as did the greys, and her wristwatches never worked, and the phone would ring and no one would be there, and one night the doorbell rang and she opened it and stepped out to see who was there and she saw her father, her dead father, standing in the bushes.” On a later encounter with the aliens, in the Blue Ridge mountains, her father was amongst a group of (otherwise presumably living) abductees.
The dead feature in UFO reports more often than one might expect. The day after his demise, George Adamski turned up in Devon in a flying saucer to converse with a handyman named Arthur Bryant. Whitley Strieber reports the case of a boy of seventeen who was killed in a road accident. A week later his parents were sitting in their living room, about ten o’clock at night, when their dog became nervous and began to pace. Though he had already been walked that evening, the wife decided to take him out again.
“As she opened the front door, two things happened simultaneously. The first was that an orange ball of light swept away from the house, disappearing across a nearby line of trees. The next second, the couple’s ten-year old son came running downstairs yelling excitedly that “little blue men” had brought his older brother into the bedroom, and the older boy had a message: tell his mom and dad that he was okay.” The dead have, of course, been appearing to the living all throughout history, the motive, if any, usually being to provide evidence that there is indeed an afterlife. This, in fact, would seem to have been the purpose in the above instances. But they are of no value to someone who wishes to prove the existence of spacecraft from Andromeda.
Enthusiasts of ‘Ancient Astronauts’ likewise make surreptitious alterations in their source materials. Erich von Daniken referred to this South American legend: “It tells of a golden space-ship that came from the stars; in it came a woman, whose name was Oryana, to fulfil the task of becoming the Great Mother of the earth. Oryana had only four fingers, which were webbed. Great Mother Oryana gave birth to seventy earth children, then she returned to the stars.”
Von Daniken’s source was certainly Robert Charroux’s One Thousand Years of Man’s Unknown History, since the story was one that Charroux had collected orally: it specified that Orejona gave birth to the human race by mating with a tapir. This story has been suspected of being a modern invention, but in fact it is probably genuine, since surely no twentieth century author would have had a woman interbreed with an animal. Be that as it may, Von Daniken omitted the tapir, also the statement that Orejona came from Venus (as opposed to the stars), since this too was no longer believable by the 1960s.
The vision of Ezekiel has been widely discussed in UFO literature. It is unclearly written, but the gist is to the effect that, sitting by the river Chebar in the land of the Chaldeans (modern Iraq) some time in the sixth century BC, he saw a glowing whirlwind in the north, out of which came creatures with four wings and four faces, those of a man, bull, lion and eagle. (Statues of composite creatures of this sort were common in Chaldean temples.) Then he saw four flying wheels “full of eyes round about them”. Above them was “the likeness of a throne”, on which sat “the appearance of a man”, whom Ezekiel took to be God. He then heard a voice which gave him a lengthy lecture upon the sins of the children of Israel.
As early as the time of the Dead Sea Scrolls, the four wheels had been interpreted as belonging to a celestial chariot which bore aloft the throne of the Lord, somewhat in the manner of the wagons which were used by Pagans to transport the images of their Gods in procession. Though this is not implicit in the text, in the Middle Ages a great deal of Jewish mystical literature was devoted to “the work of the chariot”. This ‘chariot of Ezekiel’ came to be illustrated in a number of Renaissance engravings.
The first modern UFO author to draw attention to the passage was Dr. Donald Menzel, who wrote: “Occasionally a sundog makes a complete circle of light surrounding the sun with four bright patches, one above, one below, and one on either side. Sometimes two circles will appear, one within the other, surmounted by an inverted arc and traversed by a cross, like the spokes of a wheel whose centre is the sun. The complicated structure of a fully developed mock sun – which is extremely rare – can suggest to the imaginative an enormous chariot in the sky and can terrify the superstitious. There is little doubt that this phenomenon inspired the two visions of Ezekiel described in the Bible.”
It will be observed that Dr. Menzel omits to mention the glowing whirlwind, the four creatures, the throne, the figure seated on the throne, and the voice explaining what was wrong with the nation of Israel: no doubt because none of these things can readily be explained as a sundog.
Others, needless to say, think that Ezekiel was the witness to an extraterrestrial visitation, and a vaguely plausible case can be made out for it. Pleiadians, for all we know, may have four wings and four faces, whilst wheels with ‘eyes’ around them could be flying saucers with portholes. Though the ‘voice’ did not proceed to a technical exposition of UFO propulsion systems, but complained about the Israelites worshipping idols, it is conceivable that aliens might be as obsessive about this point as many human religious bigots are.
The figure of God is difficult to fit in, however, which explains why Von Daniken ignores it, and Josef Blumrich described him as ‘the pilot’. Alan Cole commented: “…the few details … that might fit a hypothetical spacecraft, are not the whole of the description: it culminates, not in wheels or in chariot, but in a great throne set above the chariot (Ezek. 1:26), and God, in human form enthroned there. If we take the chariot literally, then all of this, too, must be taken literally.”
The Rev. Cole goes on to use the word ‘chariot’ seven times in all, having failed to notice that it is nowhere found in the text itself, but only in commentaries written many centuries later. Nevertheless, his argument is perfectly sound: an interpretation based upon only those facts that happen to fit it is likely to be worthless.
To Ezekiel, and no doubt to his contemporaries, the creatures and the wheels were not so important as the divine prophecy which followed them, and quite likely he only mentioned the former in order to lend credibility to the latter. The same was true of two flying disc reports from the mid seventeenth century: in 1646, in Gravenhage, Holland, a flying round plate was seen “about the bigness of a table-board, like gray paper”, followed by visions supposed to be prophetic.
Similarly, in 1651, a Mrs Holt of Cheshire was sitting in her doorway when she “perceived the Sun to shine exceeding red, and casting her eyes upwards, she beheld a dark body over the sun, about the bigness of a half moon, and in a short space, the said body divided into several parts, seeming numberless other view, about the bigness of small Pewter dishes, which came swiftly towards her …” This was followed by visions of fighting men and horses in the air, and mysterious birds. In those unsettled times, people looked for signs and wonders in the sky which might presage the future, but flying dishes in themselves were not news and would quite likely have been ignored but for the subsequent visions.
It might be thought that modern UFO reports do not include prophetic visions, but in fact a few of them do, e.g. in 1973, it is said, three people “watched a flying craft cavort through the sky, and then it transformed into a giant image of a bearded man dressed in a long, belted, robe, with his arms outstretched.” Similarly, at Cradle Hill outside Warminster in the 1960s: “there was the time when a Saucer, coming into the copse from the south-west, produced a perfect arch of brilliant silvery light, in the midst of which appeared two giant forms: silhouetted figures, long hair waving as though in the wind, with no visible features, but with fingers and robes well defined.” Once again, I suspect that there is bias in reporting, and that such sightings are quite common, but seldom published.
We should remind ourselves that what may be ‘extraordinary’ to most of us may be quite normal to others. For example, to some people it is an everyday thing to communicate with the dead. A spiritualist friend of mine, a semi-disabled lady who lives alone except for two cats, has told me how her son will help her fix things that are broken in her home, anything from a jammed kitchen drawer to a malfunctioning computer. This would not be remarkable in itself, but her son has been deceased for some years. Significantly, she has mentioned these incidents in the course of informing me about otherwise mundane matters concerning her domestic problems, without any change in the tone of her voice.
This, however, is slightly different from UFO witnesses such as the Armstrongs, who do consider their experiences unusual: the point is that they regard them as a totality, the poltergeist activity and strange phone calls being as important to them as their sightings of mysterious craft. On the other hand, there may be high strangeness UFO cases which have never been reported to anyone, because the experiencers have not thought them in any way out of the ordinary.
To evaluate facts, you have to know what they are. Though people have often accused the government or the Air Force of concealing the truth about UFOs, I think the ufologists themselves have been partially suppressing it. I do not propose to try and explain the causes behind poltergeists or beeping telephone calls from the Men In Black, only to observe that they can hardly have an easily comprehensible explanation in terms of spaceships from Orion.